41:後戻り

 おばさまが連れ去られたとの話を聞いて、まずカントが瞬時に酩酊状態から覚醒した。


「俺は……っ! なんの為にここまで来たとっ! カリン様! 俺……戦います!」


「当たり前じゃない! ついてきなさい!」


 アルクはまあ……相変わらず、酔った勢いで変なことを言いまくるけど、頼りにしてるわ。


「オーケー。お遊びの時間だレッツパーリータイム……」


 はっ倒したくなるわね。




 支配人さまの情報によれば、その色情貴族はある高級娼館を根城にしているらしい。

 そこで娼婦だけには飽き足らず、奴隷やナンパして連れてきた女達と毎晩ハッスルしているんだとか。

 そして今日のターゲットに選ばれたのが……よりにもよって、おばさまだなんてね!


 無事でいてくれたらいいのだけど……。


 目的地に到着してすぐ、受け付けに物申す。


「ワックマン男爵令嬢のカリンよ! あなた、至急オーナーを呼びなさい!」


 ……お父様の普段着よりも高そうなスーツを着る受け付けの男は、冷静に首を振った。


「お生憎ですが、オーナーはただいま留守にしております。ご要件なら私が承りますが」


 ちっ、たかが男爵だからと下に見てるわね! だけど門前払いじゃないだけマシだわ!

 このさい、ちゃんと対応してくれるなら誰だっていい!


「では単刀直入に言うわ。……伯爵家のご子息様がここに泊まってらっしゃるはず。その部屋番号を、直ちに教えなさいッッ!」


「残念ですが、お答えできません」


 そりゃそうよね! だけど絶対に教えてもらわなきゃならないの!


「お願い。私の仲間が無理やり連れ去られてしまったの。彼女を助けたいの……どうか教えて。でなきゃ……ここで暴れ回ってもいいのよ!」


 アルクに目配せすると、彼は「アイアイサー」と言いながら魔力を解き放った。

 彼の周りに数多の水球が出現する。それはくるくると彼の周りを取り囲むように周回し、次第に、一つ一つが大きさを増していく。


 ――受け付けの男が、手を挙げて、冷淡に言った。


「まだ手を出さなくていい。待機していて下さい」


 それは……突然壁や床から現れた男達に向けられた言葉だった。

 男達の手には剣……そしてそれらは、アルクの喉元寸前で停止していた。


 受け付けの男が彼らに離れるように言う。

 ……男達は、離れない。


「……? あなたたち。離れて待機してなさいと……! なっ!」


 そんな催促をした刹那、男達は、白目を向いて次々と倒れてしまった。

 そんな彼らを他所に、何事も無かったかのように、鞘のまま抜き放っていた剣を腰に差すカント。

 ……やるじゃない!


「さあ、もう一度お聞きしますわ。部屋を教えなさい。――伯爵令息のリュカ様の……リュカ・フローラ・デボルドマンの居場所をねッッ!」


 そう、私がこれから立ち向かわなければならない相手は……!

 私が敬愛するビアンキ様のお兄さまであり、お父様が尊敬して止まないデボルドマン伯爵のご子息……。


 でももう、後戻りはできないっ!

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