☆第24Q さようなら、アシスト王子

「わっしょーい!」

「はいはい、わっしょいわっしょい」

「夜野ちゃん、楽しいっしょ?」

「おう」


残り時間:3:02


チームA    チームB

  18       14


 石橋に対していい加減な返事をしつつも「ってかわっしょいって何?」と内心困惑しながら走り去る夜野。それを横目に膝に手をやり、もう片方の手で顔の輪郭から流れる汗を拭うのは朝比奈だ。


「自分でリバウンドするわ。あの2人だけ異様にぽんぽんパス通るわ。あの1年同中コンビ結構良い感じじゃないかよ、おい……!」


 そうニヤリと朝比奈は笑う。もしこれが目の前に夜野がいたらケッ、と唾を吐くのではと思うぐらい不機嫌になることを想像していたため見た光景が信じられない他メンバー一同。


「夜野くんの事も褒めるなんてめっずらっし」

「良いところ吸収しないと強くなれねーですので」

「全国行った奴の言葉は重いねぇ」

「別に深い意味で言ったわけじゃないです」


 珍しいものを見たと瞳をキラキラさせながら朝比奈に近寄る2年の藤戸に対して素っ気ない返事になる。だが、それは試合中の朝比奈の頭にはいろんな情報が混沌と脳に駐在しているからだ。


 須田さんは結構周りに合わせるのが得意。というか全体俯瞰能力に長けているのだろうか。


 路川さんと江端さんはCセンターとして、足腰強め。だけど、路川さんの方がリバウンドの安定性有。


 安藤さんはシューターとして、フリーならどんどん打てば入る。けど、ドライブはそんなに積極的に行わない。なるべく外で渡せるようにプレーする必要がある。


 白橋さんと藤戸さんはそんなに活躍目立たないけど、スタッツに現れないところの動きが良い。


 石橋ばっしーはメガネの癖に脳筋プレー気味。とはいえ、体感もいいからディフェンスも結構良さげ。


 そして、内山さんは明らかに僕とは違うタイプのPGポイントガードなのは僕がここ1か月の練習で身をもって実感している。自分から攻めてくるわけじゃないからといって、油断してはいけない。隙があれば外を狙ってくる。


 夜野は気に食わないとはいえ、足クソ速いからこそ最近は緩急のチェンジオブペースを使い始めているからか余計にドライブのキレが良い。


 朝比奈は、勿論強い奴が好きだ。だがバスケが上手い下手を基準にしない。昔から基準にしているのは、最後までやるかやらないかだった。


「そういや朝比奈くんさぁ。試合前、俺に言った事忘れちゃったのかな?」

「忘れてないです!」

「いやそんなムキに言わんでも……俺が悪者になっちゃう……」

「ハハハ」


 考えていたことを投げ出して、思わずカッと湯が沸いたかのように顔を真っ赤にしながら怒る朝比奈に、委縮する須田である。


 ――この人扱いずれぇ。


 乾いた笑いで朝比奈は顔に出ずとも、内心で本音を零す。そんな中、「なにやってんすか」と救世主が現れる。安藤である。また須田が何かやったんだなと状況を一瞬で把握した自分自身にこれじゃどっちが先輩なんだかと肩を竦めたい欲に駆られる。なお、やった場合余計に須田がしょぼくれる可能性があるのでやらないが。そんな気持ちを抑えて、溜め息をつきながら安藤が口を開く。


「何しょぼくれてんですか、行きますよキャプテン」

「安藤くん俺に対して最近冷たくない??」

「内山さんからキャプテンの扱いは雑でいいって言われてるんで」

「ひでぇ! そんで後でウッチーに抗議しないといけないじゃないですかそれェ!」

「ほら、試合中なんですから行きますよ」

「フフッ」


 思わず朝比奈は笑う。目の前で行われているコントのような会話に笑いがこらえきれずに出てしまったが、本人はもうどうでもいいやと笑いが止まらない。


 ――ああ、バスケってこんなに楽しかったんだな。


 随分昔に体験したような重苦しくないバスケだ。小学生のミニバス以来だろうか。中学前半は全国の重圧を押し返そうと藻掻き、中学3年は出ても一生懸命に走らない選手ばかりのチームで1人藻掻いてずっと焦っていた自分がいた。中学最後の試合で夜野を見てから色々あったが、こうもバスケというスポーツで久しぶりに楽しいと実感している。


「朝比奈」

「なんですか?」

「あーっと言いたい事纏まんないんだけどさ」


 安藤は、あやふやな態度で自身の金髪も一緒に頭をボリボリと掻き回す。意を決したのか、瞳を朝比奈に合わせる。


「貰うパスは評判通り最高だったけどさ。俺からしたら『貴方はこのチームNo《・》1なんですから』って言ってもらえたの結構嬉しかったんだぜ? それに見合う仕事せにゃって俺は絶賛頑張り中です」

「安藤さん……?」

「そうそう、それは多分うちのチーム全員が思ってる事。パス職人? アシスト王子? んな肩書うちには要らんのよ。うちが欲しいのは勝つために一緒に戦ってくれる選手ってだけ。そもそも俺らからしたら多分こんなかで一番上手いのって全国経験している朝比奈君だと思うのよ、だから――」

「須田さん……」


 安藤の肩に手を回し、後ろから体重をかけるのは須田も安藤の言葉に乗っかる。


「「思いっきりやれ!」」


 勢いよく背中を叩かれた朝比奈の顔は晴れ晴れとしていた。




――――――――――――




 ――時間は、ゲームが始まる直前にまで遡る。


「……理由は言えないんですけど、僕は早くスタメンに入らなきゃいけないんです」


「……お。おぅ?」


 須田がゲーム直前にいなくなった朝比奈を探して体育館の通路をうろちょろと早歩きで回っていた矢先の出来事である。


 探し人である朝比奈はトイレ近くの水道に立っていた。だが明らかに不機嫌な様子でたらりと眦から涙を流す鏡と睨めっこをしている朝比奈は、傍から見たら歪である。須田は平然を装いながら先輩としてハンカチだ、ティッシュだ、絆創膏だと己のポケットからあれやこれやと出していた。


 そんな中、今の状況に付いていけずに脳裏に浮かんだ言葉が何度も過る。


 ――えっ、俺が知らないだけで今日公式試合だったりする? ってか今日で人生終了とかそんな深刻な状況だっけ?? うぇえええええ、何がどうなってんの!?


 そう、この男。主将、先輩としての責任として駆られた行動とはいえ何も準備せずに飛び出したのである。須田が現場を見て即座に把握したのは、「1年泣いてる何で!?」だけだ。


 そうこの男、結構動揺しているのである。その結果、手に持つティッシュが残像のように揺れている。


「お前入学して早々スタメン入りたいです、とか強心臓か!」


 なんて重い雰囲気を吹き飛ばすべく、冗談交じりに笑い飛ばそうとしていた須田は己がずっと動揺している最中も朝比奈の肩が僅かに震えていたのを気づいてはいた。


 訳ありってワケね。夜野はまだマシとはいえ、朝比奈こいつもか。ったく主将って肩書、重荷が凄いな。


 これが漫画であれば、キュピーンと何か閃いたような効果音があったに違いない。目を見開いた須田はのちに天啓を得たと、安藤に言っていた。


「いやさ、何悩んでるか分からんけど。スタメン狙いたいなら1年から狙っちゃいなって」

「……は?」

「うちの内山は強いぞー。お前が全国行ったとはいえ、2年になってからずっとスタメンな奴からスタメン取りに行くんだから相当の覚悟して挑めよー」

「えっちょっ……僕が言った事とはいえ、良いんですか? その……今の僕は内山さんの座を奪おうとしているんですよ?」


 突然の話に付いていけずに朝比奈は、ぽかんと大きく口を開けたままだがそれを気にせず須田は続ける。だが流石に早口でまくし立てる須田に朝比奈は口を出す。


「――何で?」

「何でって……」

「理由は聞かねえけどさ、正直なところ思うんだよ。スポーツで年功序列って要らなくね? って」

「……はい?」


 突然頭に爆弾のような衝撃。朝比奈は何を言っているんだこの人、と目の前にいる人物に対しての感想である。


「もし3年だから申し訳ないとか常識に考えて1年がスタメンに入るのは……とかの理由ならぶっ飛ばすぞ」

「はい!?」

「つかそんな遠慮要らんよ。先輩後輩以前にさ、俺たちもう同じチームメイトだろ」


 自己完結気味に話を終わらせようとする状況に朝比奈は否と口にだそうとするも、聞こえてきた須田の言葉に目をぱちくりとさせてからすぐ床に顔を向ける。その後、どちらも喋らない空間。それに痺れを切らしたのは須田でずっと手にしていた生暖かくなったティッシュを朝比奈に差し出した。


「……ティッシュいるか?」

「貰います……」


 「4次元ポケットかよ」と言いながらブビーッとどこか鼻をかむのに慣れていない子供のような朝比奈。


 須田は自己分析でも、「俺、脳直会話が得意なんだ」と以前に同学年の内山や路川に告げたことがあるぐらいには無自覚だが馬鹿である。チョコを口に含みながら内山は「ただの思ったことを口に出してる馬鹿だろ、何得意げな顔で言ってんだ」と頬杖を突きながら呆れられた。


 須田は何故今この光景を思い出したのか分からないが思うままに考えを口にする。もしこの場に内山や路川がいれば、やんわり止められていただろう。だがここにいるのは、泣いていた1年である朝比奈と主将の須田しかいない。


「……鼻かむの下手くそか?」

「はぁ?」

「ドン引きじゃないですかやだー!」


 朝比奈は誰にも言うことはないが、まるで有名な絵画の『ムンクの叫び』のような表情だったと率直な感想である。




――――――――――――




「チィッ」

「はぁ……はぁ……」


 安藤のスリーポイントが外れ、リバウンドはオフェンス側の路川に分があった。大きな手のひらで掴まれるボールは再び安藤に渡るも隙を作らない夜野の圧のあるディフェンス。それに怖気づく安藤は無意識だが、少し重心が後ろに向く。


 ――夜野からもう一度隙を作れるか? 試してもいいが、流石に今のショットクロックの時間を考えて難しいな。


「朝比奈!」


 ボールはPGポイントガードである朝比奈に回る。


「残り時間5秒……!」


 少し高めな小澤の声がコート全員の耳に入る。安藤のシュートが外れてオフェンスリバウンドを取れたチームAだが、シュートが外れてオフェンスがリバウンドを取った時ショットクロックは14秒にリセットとなる。


 先程の安藤から渡された時点で9秒も使用しており、現在残り5秒。多くのプレーヤーは残り2秒ぐらいでリングに当てようとボールをぶん投げるのがセオリーだが、朝比奈はどこか冷静だった。


 路川のスクリーンに引っかかる内山。路川に付いていたディフェンスである江端はヘルプディフェンスで江端が前に出される。江端にとって、朝比奈という存在はパスが上手い1年というのと同時にスカした1年坊主だなと認識していた。


 だからこそ、そこまでヘルプディフェンスで前に出ることはない。正直言って、江端からすれば器用な須田であったりノーマークであればスリーポイントシュートをポコスカ決める安藤の方が脅威だからだ。


「パス出させてたまるか……!」


 朝比奈と江端の間にはそれなりのスペースが生まれる。朝比奈の身長が165㎝に対し、江端の身長は190㎝。35㎝の身長差、それに加えて腕の長さを考慮しても江端に軍配があがると誰もが思うだろう。


 ――この状況でパスを出すのが今までの僕。アシスト王子なんてそんな称号、ハナから要らない。僕だって、自分で点を取れるんだ!


 朝比奈はフリースローライン近くからの踏切、だが下から掬うようなレイアップシュートとは少し違うフォーム。下に下げることなく手首のスナップでふんわりとボールを浮かす。


 これなら止められると江端は高くジャンプをしながら、腕を勢いよく振り下ろす。しかしボールは江端の手に当たることなくすり抜け、ボールへと吸い込まれた。


「フローターショット……!」


 ボールが上から落ちてくる様子は雫のようだと、別名『ティアドロップ』とも言われる。小柄なPGポイントガードでも大型Cに対抗できる相手との身長差があっても打てるシュート。それが、フローターショットだ。


 シュパッ。


 リングに当たることなく、ネットを潜る音。


「残念でした!」


 べぇと舌を出す朝比奈。煽られているのかと目の前でやられた江端は「おうおうおう?」と指を鳴らしながらメンチを切りに行こうとする。だが、江端は朝比奈が煽っていない、むしろ何か吹っ切れたような表情でディフェンスに戻っていくのを見て、気が抜けてしまう。



 ――さようなら、アシスト王子。


 ――こんにちは、水咲高校1年。朝比奈歩夢あさひなあゆむ



残り時間:2:30


チームA    チームB

  20       14

 

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