第4Q 桝田一颯
「ただいま」
「あ、おかえり。試合どうだったの……って何そのうわって顔」
「姉ちゃん、何で
「お姉ちゃんは普通に帰省で帰ってきたんだが?えっなに、帰ったらだめなんか?」
あんな出来事もあったが、無事に帰路に付いた俺は玄関先で靴を脱いでいると、ひょこりと顔を出す姉がいた。姉は大学生で、都内に上京して一人暮らしをしているはずなのだが何故か実家であるうちにいた。この家は我の実家ぞ?生意気になりやがってこの野郎、なんて言いながらこめかみをぐりぐりとえぐられる。何でこう今日はめんどくせぇ相手と相対することが多いんだと、自分の不運さを呪った。そして背中を叩かれ、そんなに痛くはなかったが、じわりと痛みが出てきた。
「まあ次頑張んなさいよ。どうせ、アンタのことだし高校でも続けるでしょ?バスケ」
「……まあ」
「昔っから考えすぎなんよアンタは。そんな周りは他人に期待してねぇっつうの、思いっきり目の前のできることやってそんで後悔しな!」
まるで俺の考えを見透かすような言葉に、少しドキッとなる。だーっははは!と腰に手を当てながら女子大生とは思えない笑い方をする、この姉を見てると確かにそういう生き方をした方がいいのかな何て考えがよぎる。だが姉のようになることは無理だろうということは、分かる。血縁だからと言うのもあるがそれ以上に。その……。
「悪役みたいな笑い方人前ですんなよ……?だから彼氏が」
「彼氏いたことないことは関係ないやろがい!」
「いっっっで!おんなじところ叩くなよ、あと口
「顔が言ってるから!」
「理不尽すぎだろ!」
――――――――――――――――
試合の後とはいえ、特に出番も多くはなかったというのもあり身体は元気のはずだが、まるで気分は普段のハードな練習終わりのような疲れ具合だった。夕飯も食べた。風呂にも入った。後は寝るだけ、という状況。大きなため息に似た声と共に、仰向けの大の字でベッドに転がる。今日は色んな事があったな、なんて振り返る。あと地味に、いや結構背中が痛いのは気のせいだと感じたい。
「あんの、クソ姉貴……」
結局あの男、桝田一颯という男性は一体何者なんだろう。何となく違うんだろうな、人使いとかも言っていたけど何しに来たのかが本当に分からない謎の男。だが絶対に言えるのは、誰かの保護者とかではないだろうなってこと。ふと視界に自身のスマホが入る。有名人とかだったら何かしらネットで記事とかがヒットするかもしれない。
「まあ流石にそれは出来すぎか……」
ハハハ、なんて冗談半分で考えたりして。あの男性の名前で検索してみることにした。
影になっていたこともあって気の所為かもしれないが、彼の手にはバッシュらしきものを持っていたように見えた。よほどな酔狂な人間を除けば、バッシュを持つ人=バスケ経験者という式が成り立つ。普通の人ならば、上履きといえば運動靴のようなものを思い浮かべるだろうがバッシュを持っているならば上履きを態々買う必要はないように思う。それが彼という人間に少し興味を湧いた理由でもある。
「えっと、確か。ますだかずさ……っと。漢字分からんけど、なんかそれっぽいのは出てきたりしてな」
とりあえずフリック入力で検索ボックスに読み方のひらがなだけでも入れてみた。……中々出てこない、案の定だが。そう簡単には出てこないよなと思いつつ追加で、バスケと入れてみる。すると、『もしかして:桝田一颯』と検索ボックス下に青文字で表示されており、タップしてみた。
「……あった」
所属していたチームらしきホームページ。有名なWebのフリー百科事典。青い鳥のSNSの
『桝田一颯、現役引退』
2年前の記事のようだ。画像は試合中のシュートする姿の写真と共に記事の文が載っていた。今日見た桝田さんとほとんど変わらない姿。中身は、要約すると今シーズンをもって引退することについて書かれているぐらいでそんなに変わったことは書かれていなかった。スマホの画面を親指と人差し指で画像を拡大する。まあ大人の2年じゃそんな見た目はそんなに変わらないか。指で、少しずつ下にスクロールする。
『桝田一颯、またも日本代表入りならず』
「は!?……っで!」
書いてある文字にびっくりして、スマホが顔に落ちて鼻骨にぶつかった。鼻にぶつかったのもあり、少しうとうとしかけていた自分の意識がハッキリとしてくる。
あの人そんなすごい人だったのか?正直世界から見ればバスケ後退国である日本の代表と言われても、いまいちピンとはこず、うーんと唸って終わる。だが日本代表枠は試合の出ることができる人数が12人に絞られ、その12人の中には帰化枠という所謂外国籍だった選手も入っている。その中で日本人が何人出れるかと言われれば10人いくかいかないかと言えば難しさは伝わるだろう。
ふと、先ほどの別れる直前の光景が脳裏に出てくる。夜の気配が近づいてくるなかで、ふらりと地に足を着いていないような歩き具合。あの姿を見てるとどうにもそんな実力を持つ人と信じることが出来なかった。
再び先程の記事へ視線を戻す。こちらは桝田さんが現役時代のネット記事。どうやらコメント欄があるらしい。
【コメント】
:桝田は良い選手とは言えるけど、結局は国内止まり
:まあ、同級生に日本代表常連はいたわ、年下同ポジのやべーやつが海外行ってる時点でぶっちゃけ無いやろ
:最近の若手は、普通に強い。もう桝田選手もベテランの域だし、役割を全うできるチームじゃないとプレータイムは延びないだろうね。頑張ってほしい
:もう30代半ばだし、同級生も現役引退増えてきたしで。ある意味世代交代って感じちゃう
:新卒のときは結構注目株だったけど、実際はそんなにって感じ。今年はどこも補強選手が凄いし、いたチームB1昇格するかなとは思ったけどあのブザビ入れられちゃったからな。勿体ない。
:あれは入れた相手が凄いでよくない?
:やっぱりB1の方がまだレベル上ってことよ
:日本のバスケは糞
:はいはい、NBA至上主義
スマホを枕の横に起き、天井を見上げた。
「……とんでもないことを知ってしまった気がする」
――――
「来てしまったな……」
学校もいつも通りに行き、本日は土曜日。つまり休み。本当ならば家でごろごろ過ごしても良かったが、数日前に試合をした会場である体育館。何なら1週間も経っていない。苦い記憶を含めた色々で複雑なものが未だに心の内に残っていることもあり、気づけばここに足を動かしていた。特段大きな胸騒ぎがした訳でもない。虫の知らせなのか分からない。だが、なんとなくここにくれば何かがあるような気はした。
「あっ」
「あっ」
数日前といえどインパクトのある出来事のひとつだったこともあり記憶から消えていない。なんなら、なんならいっその事記憶を消してもらいたいぐらいでもある。
昼間ということもあるからなのか、受付の人と会話する見覚えのある姿はあのときの同一人物なのかと思うほど雰囲気が違うように感じた。
……気まずい。今なら分かる、女子の秘密ねと言っていた事を言いふらして仲がギクシャクするあの微妙な感じ。
「まあ、何となく分かるよ。調べたんだろ?俺のこと」
バッシュの紐を上までキツく結んでいる最中の事だった。
「まあ別に調べられて困ることはねぇし、正直悔いはないしな。そんな暗い顔すんなよ」
見上げてみるも何も言えない俺に、彼は「なっ?」と言いながらにこりと柔らかな笑みを向ける。ただその笑みはなんというか、俺自身に向けたものではなく誰かに向けたもののように感じた。視線もこっちを向いているようで、別のものを見ているような。
「ただ結構いるんだよな、俺を含め日本代表に選ばれなかった奴を悲劇のキャラクター扱いみたいに仕立て上げようとする奴がね」
ぐーっと、腕を伸ばした後。ゆっくりとドリブルをつく。股下にボールを何度か通す、レッグスルー。スリーポイントシュートもゆったりとしたフォーム。リングに当たることなく、スパッと軽やかな音を立てながら落ちないシュート。モーション1つ1つが軽々とやっていると思えるほどスムーズで、ボールを持って突っ立ってしまうほど見入ってしまった。現役から離れて数年とはいえ、自分は現役のころの彼がどのようなプレーをしていたかは知らないけど技術は衰えていないように見えた。それでも日本代表に入れない、だなんて現実が重くのしかかる。
「なんて俺のちょっとした話。折角コート1面借りてるわけだし、俺の話聞いて終わりなんて時間がもったいないよな。まあ、申し訳ないなんて思ってるなら。
――俺と1on1してくれないか。ほんと久しぶりに対人でバスケできるしな」
「えっ…………えええ!?」
俺が驚く声が体育館に響いた。
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