第2Q 遭遇
「青タン凄いことになってるぞ」
「えっ、あおなじみって言うんじゃねぇの」
「方言やぞ、それ」
「何それ初耳。石ばっちゃん物知りねぇ……」
「ばばあ呼ばわりするなら殴るぞ」
「石橋坊ちゃま、お口が悪いですわよ」
ほほほ、と我マダムです、と言いたげなわざとらしい口調で石橋を弄る
「
後、他校に迷惑かけんなよと言う意味も込める。全試合も終わり、閉会式も無事終了した。試合後のミーティングも終わり、試合会場の広いロビーにある、あまり人の目がない角のスペースにいた。ジャージが汚れることを厭わず、地べたに胡座をかいてである。毎度のことながら現地解散なので、仲が良い奴ら同士で帰る人もいれば親と帰る人もいるなど千差万別だ。一応あの並べてあるパイプ椅子に突撃した怪我人の俺だが、そこまで酷いものではなかったため少しホッとした。
試合終わって中学最後のミーティングが終わった後、顧問の鈴木先生が「俺は今から別の用があるから、悪いが誰かに処置してもらうように」といつものように義務的な会話をしていたところ。たまたまその場に居合わせた、なつめがたまたま持っていた湿布を貼ってもらうことになったのだが……。
「はいはい、野郎どもー。散れー」
シッシッと、まるで身体に寄ってくる虫を払うような仕草。
期待もしていなかったが、女子と2人きりという状況でもお互い腐れ縁の性か。ラブコメ展開なんてものは発生することはなかった。それどころか、虫の知らせか何かで察知した馬鹿ども2人がやいのやいのと騒いでいる。
「冷た!」
「そんなんで大きい声出すなら、最初から怪我すんなよー」
意識が別の方へ飛んでいたのもあって、突然貼られた湿布にビックリして大きな声が出た。それを全く、と言いながら呆れた目で見るなつめ。
「立花ちゃん、相変わらずやることが男前」
「やばっ、惚れるわ」
「おうおう、勝手に惚れてろー」
「めっちゃクール!」と人の目を気にせず叫ぶ山田に、石橋は坊主うるせぇと山田の坊主頭をジョリジョリと撫でていた。「……何で?」と山田の頭をじっと見ながら思っていると、石橋が察して「なんか落ち着くんだよな、これ」と言う。あれで落ち着くお前も変わってるなと俺は思う。撫でられ続けている山田は、そうだ! と今思い出しましたと言いたげな顔で言葉を続ける。
「夜野ちゃんの話し相手になってやろうと思って来たんだったわ」
「そそ、最後良いプレーしたのに浮かない顔してらっしゃるしな」
「突然の敬語笑うわ」
「じゃあ笑えよ」
「ドッ」
「違うそうじゃない」
いつもと変わらない空気で会話をするあいつらに何度も救われたなと、しんみりした気持ちに少しだけなる。
そうか、これでこいつらとも最後になるのかな。だがそれ以上に。
「お前らマジ何なの」
フハッと吹き出す俺に、2人は見合って一拍空いて一緒に笑い出した。
相変わらず、どんな状況でもマイペースなこいつら。
「突然青春始めるじゃん。よかったね、たっちゃん。」
それを少し遠くから見守るなつめが何かを言っていた。だが俺は、何を言っているか分からなくて何となくありがとうを込めて少し手を胸まで挙げた。この中学3年間も相変わらず助けてもらったな、なんて考えていると。
「ぶっちゃけいつもみたいに落ち込んでると思ったんだぜ?シュートブロックされてたし」
「あれは、俺が決められなかったのが悪い」
俺はムキになって言い返す。あのシュートを外したシーンを思い出すたびに、己のプレーに苛立ちが募る。
ディフェンスが前にいない、どフリーかつ得意なレイアップ。しかもスピードもこちらに分はあった。そのアドバンテージを身長差で埋められたという事実を許せず「チィッ!」と大きな舌打ちが周りに響く。
「重症ですな」
「ですな」
目の前で互いに見合わせて首を傾げる姿は、なんというか仲が良い双子のように見えて不思議だ。
「夜野ちゃんがルーズボールに飛び込むなんて、珍しいシーンも見られたわけだが、――大丈夫なんだろうな?」
そう聞く、石橋に。
「大丈夫だ、あれは別に。ただ、…………」
最後まで諦めたくない、その一心だった。それは今までの練習を通しても変わらなかった。それでもどこか、この環境に諦めている俺がいた。
どうせ試合に出られない、と。
例え、呪いのように。あの言葉が脳裏をよぎっても。
――どうせ身長がなければ、この先やっていけないよ。
だけど、朝比奈のプレーを見てから俺の中の何かが変わった気がした。あの最後に見たパス。あのときは試合に集中していたからそこまで意識がいかなかったが、今落ち着いて思えばそれを一瞬で判断することやパスの技術。全国という
「負けず嫌いが発動したに1票」
「俺もー」
だが、試合後に握手を求められたとしても。俺は試合中のあの暴言に近い言葉投げたことは根に持つからな……! とここにはいない朝比奈という男に向けて心に誓ったのである。それより今は――。
「お前ら慰めてぇのか、貶してんのかどっちかにしろよ」
思わずジトリと睨むも、肩を窄めて我関せずな2人に対し、ケッとわざとらしく唾を吐くような仕草を見せる。
「慰めとかお前にいらんだろ」
「そうそう、ベンチ落ちしたメンバーでお前だけだよ。スズ先に噛み付いてたの」
「あれは……仕方ねぇだろ」
石橋と山田に言われたことに、一瞬言うことを躊躇した。
顧問である鈴木先生は、お気に入りの生徒をスタメンに使う傾向が元々あった。身長が高い、足が速い、そんな選手を。先輩達がいるときも、技術力があっても身長が低いことを理由に
だから一度、鈴木先生に先輩を使わない理由を聞いたが答えてくれず、先輩も気が付いたら部活を辞めていた。先輩達が引退、卒業後は何度か同級生である俺らの代も試合に出させてもらえるようになったけど。身長も高く、足の速い後輩が来ればスタメンの座は奪われていった。それ以降俺は最終的に交代でさえ試合に出させてもらえることはなかった。まあ、あの時の俺は? 思春期で反抗期だったのもあるかもだが?
この中学3年間の思い出なんて、ほとんど良いことはない。思い出すだけで怒りがふつふつと腹から湧くのだ。くそっスズ先め。なーにが、「どうせ身長がなければ、この先やっていけないよ」だ。先ほどのあの言葉は未だにとぐろの様に俺の首を締め付ける。
もし今、椅子に座っていたら尋常じゃないほど貧乏ゆすりをしていたぐらいにはイラついている。ふと漏れる舌打ち。この地べたに胡坐の状態とはいえ、小刻みに動く俺の膝である。
それを察したのか、山田が「それより、後でお疲れさん会しようぜ」と言う。それに対して「バスケ部でもするだろ」と即答するのは石橋だ。少しムキになって「バスケ部だけと、俺らだけの! 立花ー! お前も来いよ」と山田はなつめを誘うも、「いや、いいよ。うちも女バスのあるし」と、気持ちだけでいいっすと言いたげななつめ。「山田ちゃん、振られたな乙」と真顔で肩を叩く石橋。中々にカオスである。
なつめの後ろから女バスで仲が良さげな子が手を振って呼んでいるのが見えた。それを俺は、なつめの肩を叩いて後ろに友達いるぞと指を指す。それで気づいたなつめは笑顔で、その子の名前を呼びながら手を振る。
「じゃ、たっちゃん。またね」
「おう、またな」
なつめは、パタパタと聞こえてきそうな足音で友達のところに向かう。
また、と言っても家もそれなりに近いだろうに。律儀だなと思う。それを片やニヨニヨと、もう片方は真顔で俺を見つめていて今までの経験則から案の定からかってきそうだったので2人の頭にチョップを繰り出した。
「そういえばよ、試合前に言っていたあいつ。あれだわ」
「あれって何だよ」
勝手に納得した顔で、あれだと言う山田に思わず聞き返す。
「思い出したんだよ、あいつ全中で準優勝したチームにいたとき2年だった
「はぁ?」と聞き返す俺に、石橋は考え込むように顎に手を当てる。数秒後には、すぐ「あぁ」と何かを思い出したらしく口を開く。
「そういえば前一緒に月バス見たやつにも載ってたな。なんだっけ『アシスト王子』だっけ? 凄い名前だよな……でもなんで
――あいつのいたチーム東京だったろ」
最後の山田と石橋とのある会話がずっと脳内で反芻している。
あの会話から少し時間が経つ頃には、たまに後輩に声をかけられたりして「まあ来年頑張れよ」としか言えない自分を恥じた。気の利いた言葉なんて言えない、なんて先輩として最悪かもしれないな。ぼーっと、少し前に移動して座り心地のいい椅子に座って天井を見上げていると気が付いたら人も疎らになってきた。
「流石に帰るか……」
居づらくなったこともあり、ロビーを通り過ぎ出入口から出て行こうとする(ちなみに山田は走って帰るといって、先ほど飛び出していった。石橋は気づいたらいなくなっていた)。
「あーー! 俺の中学のバスケこれで終わりか!」
急に叫びたくなり、叫んだ。街灯がバチッと言いながら足元を照らす。ぼう、と自身の足元の影がじわりと浮かぶのを見た。もう夕方、いや夜に近づいているのかと実感する。足取りは重い。自転車置き場まで、ぐるりと回る必要があるため歩き出そうとした。
「うおっ」
聞こえた声に、「ひっ」引きつったような声が喉から咄嗟に出た。お互い幽霊でも見たかのような反応のような声。
ふと声の方を見ると、声の持ち主はちょうど街灯の光が届かないところに座っていた。男性だった。髪は少しくるりとパーマをかけており、そして髪色が黒と言うこともあり、紺の世界へと染まる中、溶け込んでいる。そして、パーカーにジーンズという服装と巷ではヤンキー座りと言われるそれをしているせいでそこら辺にいる不良感を助長している。明らかに、ヤバい人なのでは? と気分はそう、人ではないものの熊にでも遭遇したかのような感じに襲われた。
どれぐらい経っただろうか。お互い、時間が止まったような中で目の前の男性が「よっこいしょ」と言いながら立ち上がる。思わず俺は、すり足で後ろに下がろうとした。
「君、学生だったりする?」
「あ、できれば中学生の方が俺的にはありがたいんだけど」、なんて言う目の前の男性の言葉と状況に混乱してしまい思わず。
「――いや、着ているジャージで分かるのでは?」
「……それもそうか」
「あと、俺。高校生じゃないです」と的外れなことを口走ってしまったのちに否定するのだった。
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