-2 土下座
「あれ、せんぱいもう帰っちゃうんですかー?」
バイトが終わり、ささっと着替えて店を出ようとする俺に、須藤が声をかけてくる。彼女はすっかり元通りになっていた。
「あぁ、ちょっとな」
「ふーん、そうですか」
なにか言いたげな顔をしてるように見えたが、家で鳥栖が待ってるので、俺は先を急ぐことにした。
気持ち早歩きをしながら、マンションにたどり着き、部屋へと向かう。お、カギは開いてるな。
「ただいまー」
「あっ、旭っちおっかえり~!」
キッチンの方に目をやれば、鳥栖が手を振ってくれた。頬が緩みそうになるのを必死で堪えつつ、部屋へと上がる。
「結構早かったじゃ~ん、そんなにウチに会いたかったん?」
「違うわ。待たせたら悪いなと思っただけだよ」
「ぶーぶーっ、つまんねー答え~」
拗ねた鳥栖がビシビシっと足蹴りをかましてくる。やめろ、うっとおしい。
逃れるようにソファに腰を預け、俺はテレビをつけた。そんな俺の背後に立ち、耳元でささやいてくる。
「……今日の献立はぁ、ウチの愛情がたーっぷり詰まったハンバーグだけど、食べる?」
「うぉぉっ……くすぐった――じゃなくて、食べる食べる」
「そっかそっか。しゃーないな~」
嬉しそうな声音を響かせながら、鳥栖が戻っていく。なんだったんだいまの。
小首を傾げながらも特に気にせず、テレビを眺める。と、すでに出来ていたらしく、鳥栖が料理を運んできた。
「ほいっ、おまちどーさん。熱々だからやけどすんなよ~?」
「おぅ、さんきゅーな」
お腹の減りに従うようにハンバーグを口に運んでいく。言われた通り口内がやけどしそうになったが、そうなっても構わないと思えるぐらい美味い。ジューシーで、中から肉汁が溢れてきて、ずっと咀嚼していたい。
一度も箸を止めることなく、ぺろっと食べきってしまった。
「はー……美味かった」
「お粗末さんっ。じゃ、片付けるから」
鳥栖がささっと流しに持っていき、洗い物をしてくれる。手伝おうとすると蹴られるので、俺は視線を前に向け、テレビでも観ることにしよう。
そんな時、インターホンが鳴った。
「ん? 誰だろ」
「あ、ウチ出るから、旭っちはそのままでいいよ~」
「分かった」
頷いてはみせたものの、なんだか嫌な予感がする。この展開、前にもあったような気が……。
逸る心臓を落ち着かせようとしていると、ドアが開けられ。そこには見覚えのある人物がいた。
「旭くんっ、来ちゃいま……あ、あれ?」
やってきた須藤がビニール袋を片手に上げたまま、フリーズしている。件の俺もフリーズしている。
お互いに見つめ合ったまま、動けない。
お見合い下のような状況で動けたのは、彼女だけだった。
俺の方を振り向き、腰に手を当てて、鳥栖が問い詰めるような感じで言った。
「旭っち、この子誰?」
「……あ、その、バイト先の後輩というか」
「ふーん、ずいぶん親しそうだけど」
「よ、よく話すから! それでだって! な、須藤?」
「はいっ、セックスで筋肉痛になった間柄ですもんねー!」
「お前なに言ってんだぁぁぁっ――!!」
俺は叫んだ。思いっきり叫んだ。近所迷惑になるとは分かっていたが、叫ばずにはいられなかった。
ウザムーブをかますタイミング、考えろや!
そのせいで鳥栖の目つきが、明らかに変わった。
「セックス、した? 筋肉痛ってまさか」
「うぐ、その……」
「ウチがご奉仕をする原因になった筋肉痛って、この子との」
「お、おっしゃる通りです……」
「旭っち」
「はい……」
「土下座」
「はい」
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