-18 バイト先の女子(舐められてる)


 俺のバイト先は大学から十分ほど歩いた先にあるカフェだ。モダンな外観をしてる以外はまぁ、普通のとこである。

 なぜここに決めたのかといったら、大学と住んでるマンションのちょうどいい位置にあったからってのと、そこまで忙しくないってとこに惹かれたのだ。

 

 「せんぱーい、おっそいですよ」

 

 店に入ると、黒髪をなびかせる女子が腰に手を当て、ジト目を向けてきた。

 俺は肩で息を切らしながら、ペコっと頭を下げる。


 「悪い悪いっ、でも十分前には着いてるだろ?」

 「十五分前には職場に来る。これ、社会人の常識ですから」

 「いや俺まだ社会人じゃないから」

 「あ、そっかそっか。せんぱいは社会からのはみ出し者ですもんねー?」


 人聞きの悪いこと言いやがってコイツ。あと、つんつんするな。

 文句のひとつでもぶつけてやりたかったが、店内にはほかのお客さんの目もあるので、俺は抑えた。

 もうさっさと着替えてこよう。こんなやつにかまってるヒマはない。


 裏で専用のユニフォームに袖を通し、挨拶などを一通り済ませる。

 チラッとホールに目を向ければ、さっきのやつが笑顔を振りまいていて、思わず目が吸い寄せられてしまった。


 アイツは須藤すとう零香れいかといい、俺と同じこのカフェで働くバイトだ。

 でも同じ、というのは語弊があるかもしれない。アイツは俺なんかとは比べ物にならないぐらい、このカフェでは人気者なのだから。

 それはきっと雰囲気だけじゃなくて、アイツの容姿にも関係があるだろう。

 緩くカーブした目元に優しさを感じる瞳、シャープな顔立ちには小ぶりな鼻と口元がバランスよく配置されていて、誰が見ても美人だと評するようなクオリティに仕上がっている。

 化粧っ気はないものの、それが素朴さを感じさせてくるというか、落ち着いた印象を植えつけてくる。長くつやのある黒髪もその影響をもたらしてるといっていい。

 目を惹くほどすらっとしたスタイル、細く長い手足。けど出てるとこは出てるといった感じで、人気者になるのも頷ける。

 ほかの従業員からも愛される彼女ではあるが、俺に対してはやけに絡んでくる。さっきみたいにウザい絡みを交えてくるなんて毎度のことだ。

 俺とタメだから、グイグイ来るんだろうか? それとも舐められてるんだろうか?


 ……ちなみにアイツが俺のことを「せんぱい」と呼ぶのは、ここで先にバイトを始めたのが俺だからである。けど、仕事の出来ですぐに追い抜かれてしまったが。

 うん、やっぱ舐められてんな。見てろよぎゃふんと言わせたる!


 ひとり闘志のようなものを燃やしていると、腕になにかが巻きついてきた。視線をやった途端、目を見開いてしまう。


 「ちょっ! お前っ、なにやって!」

 「くすくす……こんなので顔真っ赤にしちゃうなんて、もしかして童貞ですかー?」

 「どっ、どどど童貞ちゃうわ――!」

  

 俺に腕を絡めながら、嘲ってくる須藤に対し、声を荒げることしかできない。その間もむぎゅっと押しつけられるおっぱい。

 柔らかさの中に確かな弾力も感じられるそれは、理性をぐらぐら揺さぶるほどの衝撃があった。

 このままではいろいろ危険だと思ったので、慌てて振りほどく。


 「あっ、もう……せんぱいったら乱暴なんですから」

 「はぁはぁ……お前っ、いきなりなにを」 

 「こんなとこで油売ってるようなので、ホールに連行してあげちゃおうかと」

 「いや俺キッチン担当……――って、おいっ!」

 「そっちは事足りてるんで表出てくださーい」

 

 須藤に腕を引かれながら、俺はホールに連れ出された。店内は大勢のお客さんで賑わっている。

 あちこち駆けずり回りながら、内心で息をつく。

 こんなに忙しいのはきっと、須藤が出した新作のアイデアがバズったからだろうな……。はぁ、しんど。


 「ねぇー、お姉さん可愛いね? いまからお茶でもどうかな?」

 

 チラと視線をやれば、須藤がチャラそうな男に声をかけられてた。

 アイツがシフトに入るたびに見る光景だから、いまさら驚きはないんだけど。 

 

 「申し訳ありませんが、お仕事中でして……」

 「じゃあさ、終わってからでいいよ! まずは連絡先交換しよ?」

 「いえ、その……」

 「あマジっすか! じゃあお友達になりましょーよ!」

 「はぁ? んだよお前」


 二人の間に割って入ったら、チャラ男からめっちゃガンつけられてるんだが。とはいえ、ここで引き下がるわけにもいかない。

 いまは猫の手も借りたいような状況なのだから。

 

 「それではいまから電話番号いうんでメモしてくださいね! ぜーろ」

 「いっ、いらねえよてめえのなんか! くそっ、どけ!」

 

 よほど俺の絡みが目障りだったのか、それとも周囲から注目を浴びて恥ずかしかったのか。

 チャラ男は顔を真っ赤にしながら、店を出て行ってしまった。

 振り向くと須藤が茫然としてるようだったので、ポンポンと肩を叩いてやる。


 「おい、大丈夫か?」

 「っ、はい……すみません、助かりました」

 「気にすんな。モテる男はつらいんだ」

 「くすっ……モテてたのはせんぱいじゃないですけどね」

 「まぁ、冗談は置いといてだ。はみ出し者の相手をするならはみ出し者を頼れ。なんとか……できたらしてやる」

 「せんぱい……」


 安堵の息をつく須藤にはにかんでみせつつ、俺は仕事に戻ることにした。

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