ある日ある朝、晴れの日の教室

七隠小雪

ある日ある朝、晴れの日の教室

 カランコロンと、ノートの上の消しカスを巻き込みつつ、投げたシャーペンは机を転がった。


「疲れたぁぁぁぁ!」


 ふわーっと息を吐いて伸びをする。

 窓からは夏のまだ弱い熱が、天井からは乾いた冷気が降りてきてる。

 黒板を見れば白いチョークの落書き、並べられた机の向こうに誰かの飲み残しのアクエリアス。


 雰囲気はThe morning 、気分は宿題を終えた達成感でいっぱいだ。

 因みにシャーペンは筆箱に当たって止まってくれた。落ちなかった。


「あ」


 代わりにパタパタっと廊下を駆ける音が近づいてくる。

 クラスメイト(多分)が来たらしい。

 軽く目を閉じて、深く鋭く速く息を吸って、吹いて。空気が身体を巡るたび、涼しい風が通り抜けていく。


「……」


 うん、集中できてる。頭が回ってる感覚が心地良い。


 勉強するか。


 ガラガラっと音がした。


「おはよー玲!」

「おはよう」


 明るい声が聞こえて、扉の方を軽く見て、条件反射みたいに返す。

 陽奈か。


 この仕草もーーだ。他の誰よりも、なによりも。


 陽奈が来たなら、やることがあるよね。

 机の脇に置いといた小さな紙袋を背中に隠して、陽奈に近づく。


 真正面に立ったら…ぎゅってする!


「陽奈、誕生日おめでとう!」

「え!?ありがとう!?」


 いきなりハグされてちょっと驚いてる陽奈に用意していた誕プレを手渡す。

 白をベースに、淡くピンクと黄色のグラデーションが入ったペンケース。

 最近お気に入りの筆箱を失くしたと言っていたので好みに合いそうなのを買ってきたんだ。


「え、良いの!?ありがとう!超嬉しい!」


良かった、喜んでくれた。


 へにゃっと顔を綻ばせて、窓から零れる日を浴びて。本当に幸せそうにしてくれる陽奈はかわいい。流石校内一のアイドル。

 ちゃんと選んだ甲斐があるってものだよね。


「あ!プルメリアのストラップ付いてるじゃん!私こーゆー南国っぽいの好きなんだよね」


「誕生日のお祝いだから誕生季の夏にからめた方がそれっぽいでしょ?」


「そんな考えてくれてたの!?マジ感謝じゃん!」



 陽奈は早速シャーペンたちを入れ替えて眺め始めた。傍目にも分かるほど上機嫌に鼻歌を歌ってる。

 今って朝だから人いないし、廊下にガンガンに響いてるんだけど…後で黒歴史にならないと良いね。

 すぐこんなことを考えるのもーだ。


取り敢えず勉強の続きかな。もうすぐテストだし。


「むしろそこまで言ってくれるとこっちの方が嬉しいや。さて、私は勉強しますか」


 ーーだ、ーなんだよ。これが。その話し方が。全てが自分の方が優れてるみたいに。自慢とマウントだらけの言い方が。

 取り繕って、様になるように、少しでも良く見えるようにした表情が。


 そのくせ、1回もスゴイネって言われたことない記憶があるだけ、ーになる。


「うわ、偉。頑張玲」

「初めて聞いたよその略し方…しかもフツーに意味通じるし」


などとふざけあいつつもテキパキと荷物をまとめた陽奈は新しい筆箱に目を細め、丁寧に鞄に入れた。


「んじゃ朝練行ってくるね。がんばってねー」

「ありがとう!陽奈も誕生日満喫しといで!」


 ガラガラ。ドアとレールの音がした。

 パタパタっと上履きが床を叩く音が遠ざかる。

 陽奈がいなくなって、また静寂が帰ってきた。


 ーーだ。私の全てがーだ。好きになんて一生なれないだろう。





 私は、私が世界で一番嫌いだ。

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