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 その翌日。柊も桃川も学校には来ていなかった。

 あの後、一応二人に「色々悪かった」とLINEを送っておいたけれど当然のように返事はなかった。

 いつも眼鏡の端で捉えていたあいつのいない教室は、たった一人いないだけなのに、やけに寒く感じる。薄いガラス板を挟むことで自分の一般的ではない気持ちを封じてこの世界と付き合おうとしていたけれど、結局このざまだ。なんてことはない。本当に単なる伊達眼鏡になってしまった。


 放課後、一人残ってシュート練習をしていると、


「お疲れ」

「あ、先輩。ども」


 前の副キャプテンをやっていた杉浦は三年生で既に受験の為に部は休んでいたが、未だに顔を出してくれて何かとよく面倒を見てもらった。


「確か推薦決まったんですよね。おめでとうございます」

「まあな。それよりどうだ。一年で使えそうなのいるか?」


 先輩は缶のコーンポタージュを飲んでいたが、足元に転がっていたバスケットボールを取ると俺に投げて寄越した。


「どう、ですかね」


 受け取ったボールを二度ドリブルしてから軽くジャンプシュートを放つ。放物線は綺麗だったがリングに嫌われ、体育館の端に飛ばされてしまった。


「桜庭さ、ちょっと下手になってないか?」

「そうですかね」


 もう一本のシュートは綺麗に決まったが杉浦先輩は苦笑しただけだ。


「いい加減その伊達眼鏡さ、やめれば?」

「これは俺のポリシィみたいなもんなんで」

「貞森に何言われたか知らんけど、プライベートを試合に持ち込むなよ」

「分かってますよ……」


 ボールを拾って、籠に戻していく。もう外はすっかり暗がりになってそうだ。


「お前さ、一年の時から落ち込んでると極端に手元狂っただろ。そういうの、他の部員にも伝染するからな」

「……相変わらず遠慮しないんですね」

「誰も言わないだろ? そういう役回りなんだよ俺は」


 だから副キャプテンなんてやってたんだろう。


「ほら、あの前に試合に応援に来てた派手な女装の」

「柊紅葉ですか」

「あいつ仲いいんだろ? 少し悩みとか話せよ。お前に必要なのはそういう付き合いだと思うぜ」

「そう、ですね」


 話せるものなら、今からだって話したい。


「あの」

「ん?」


 先輩は底に張り付いたコーンを取ろうと缶を逆さにする。


「先輩は、同性から告白されたらどう思いますか?」


 ぶはぁ!

 流石にこの質問は強烈だったようで、思い切りむせ返った挙句に口の回りにコーンを張り付かせた。ハンカチを取り出して拭いながら、


「あのな、そういう話をなんで俺にするかな」


 何度か咳払いをして、続けた。


「中学ん時の先輩がさ、正にそういうので。俺、告白されたんだ」

「そうなんですか」


 目が細いスリムな感じが、その先輩の好みだったのだろうか。


「あれ何なんだろうな。告白されるって本来は嬉しいことじゃん? 誰かに好きになってもらうってさ、そんなないことだし。けど相手が同性だってなった途端に、なんかこう言葉にできない感じになる。ほんとは性別とか関係なしにどうなのか? って考えられたらいいんだろうけど」

「それで、先輩は?」

「告白の返事? そうだな」



 その週末の金曜、柊紅葉は登校してきた。表向きはインフルエンザということで一週間が限度だったのだろう。ただ、俺とは一言も話さなかったし、休み時間もほとんど教室にはいなかった。

 そんな状態のまま二学期の終業式が迫っていたが、俺たちの関係は何も変わらないままだった。そもそもこんな風に仲がぎくしゃくとしてしまった経験がなかったから、桃川のようなうまく間を取り持ってくれる存在がいないと、自発的にどうこうできるほど、俺は器用な人間じゃない。


 結局何も進展がないままクリスマスイブまであと三日となった夜、アパートの八畳間の片隅に置かれた自分専用の棚の一番上にしまっておいた小包を取り出して、俺は考え込んでいた。それは以前一緒に買い物に行った時にあいつが欲しがっていたブレスレットだった。


「そういや正陽。今年は本当にクリスマスプレゼントいいの?」

「あ、うん。ちょっと用事があるし」

「何だよ兄ちゃん。彼女かよ」

「何言ってんだよ」


 家族の誰も、俺がノーマルであることを疑わない。

 けれど、ずっと考えていた相手は、俺の中の柊紅葉は、紛れもなく“男性”だった。

 俺はスマートフォンを手にしてLINEアプリを呼び出す。イブの日にもう一度だけ、面と向かおう。この伊達眼鏡を外して。

 俺は彼女にメッセージを送信した。


 ――ベニ。イブの日、二人だけで会ってくれ。


    (To be continued 「聖夜の理解者」に続く)

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