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> 今日。放課後時間あるか?
十一月も終わりに近づいたある日、桜庭からわざわざLINEで確認があった。同じクラスなのに何故直接聞かないのか理解できなかったが、いつものカラオケボックスで落ち合うことにした。
「今日は部活よかったの?」
「用事があるって抜けてきた」
「副キャプテン様がそんなでいいのか?」
二人用の個室に入ると、くるくると七色の電飾が部屋を照らしていて、モニタには人気の女性グループのMVが流れていた。
「何か歌う?」
ああ、と言ったのか、うん、と言ったのか、判然としない。
それどころか、シートに座ることすらせずにじっと立ったまま床を見つめていた。
「桜庭?」
「あのさ、ベニ。一つお願いしてもいいか?」
「あ、うん。何さ?」
「一緒に連れション、してくれ」
「は?」
「頼む」
百九十近い巨漢が、その頭を大きく下げた。
ボクは一瞬戸惑ったものの、そのお願いの意味するところが分かり、手にした端末をテーブルに落とす。鈍い音がしたけれど、壊れたかどうかを気にしている余裕はなかった。
立ち上がり、桜庭を見上げる。
「何だよそれ。ボクの性別のこと言ってんのか?」
桜庭は顔を上げ、じろじろとボクの体を見る。
「ほんとなのか?」
「うるせーよ!」
気持ち悪くなりボクは部屋を出ようと背を向けたけれど、その左手を桜庭の大きな手が掴んで、そのまま思い切り引き寄せられる。彼の逞しい両腕が背中に回され、抵抗も虚しくボクの顔は彼の胸元に埋まってしまった。
「なんでこんな女みたいなぺらぺらな体してんだよ……」
「やめろよ! 何すんだよ!」
腕を必死に振りほどこうとするけれど、バスケ部副キャプテンの力には敵わない。
「俺はお前が男だと思ってた。そう思ってたからこそ」
「桜庭も男だ女だで他人を差別する奴だったのかよ。あーそうかよ!」
「違う!」
「なら、やめろよ。離せよ!」
「違うんだ、ベニ。俺は……お前のことを、好きなんだ」
好き。
という単語の意味を、息苦しさの中で必死に考えた。
考えて考えて、でも理解できずに何だか目が痛くなってきて、ボクは桜庭の顔を右掌でかち上げてから、その場を逃げ出した。
「ベニ!」
部屋を出たところで店員と遭遇したけれど、もう後ろを振り向きたくなかった。
どれくらい走っただろう。もう後ろを振り返ってもあの馬鹿デカイ男の姿は見えない。
ボクは鼻水をすすり上げ、スマートフォンを取り出して右耳に当てた。
「うん。そう。なんかね……突然、言われて」
相手は幼馴染の桃川美亜だった。何かあるとどんな時でもボクの味方になってくれた、唯一の理解者。
「女ってバレたっていうか、好きだって告白された」
「え? 告白されたから泣いてるの?」
「わかんないけど、とにかく男だと思ってたのにって言われて抱き締められたんだよ!」
「だ、だだ、抱かれたの!?」
「美亜。ボクどうしたらいいんだよ。明日学校休む」
なんでこんなことになったんだろう。つい昨日まで全部うまくいってたのに。美亜と中学からの知り合い数名以外は、先生たちしか知りようのない情報だった。
「とにかく落ち着いて。もう一度、最初から話してくれない?」
「だからぁ……」
混乱する頭の中を何とか整理して、美亜にたどたどしく伝えると、
「それさ、桜庭君にもう一度会ってちゃんと説明した上で、気持ちを確認した方がいいよ。そうしないと紅男、きっと後悔する」
中学の時のことを言っているんだろう。あの時は美亜が体を張って守ってくれたっけ。
「わかった。けど、どうやって説明すればいいと思う?」
「任せて。わたしにね、考えがある」
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