活版印刷
グーテンベルクの活版印刷――地球において15世紀のドイツ人金細工師であったグーテンベルクという人物が造り上げた技術だ。元々はブドウやオリーブを絞るための農耕プレス機を改良して作られたそれは、同じ時期にアジアから伝来した木版印刷技術を駆逐するのほどの効率性を有していた。ちなみにこの時代はまだ13世紀だから木版印刷技術すらない。少なくとも貴人の邸宅で会う貴族や商人からの話しでは、この国や西の帝国には存在していないようだ。
「一度に文字を大量に印刷?なんでそんなこと知ってるんだ?」
たからみんな俺の言葉に懐疑的な様子である。まぁそれもそうだ。彼らから見たら俺は蛮族タタール人。自分たちより進んだ技術なんぞ持ってないと思ってるに違いない。
「俺の故郷はここからずっとずっと東、極東のマンチュリ王国なんだが、マンチュリでは活版印刷が広く使われ、民衆の多くが娯楽として写本を利用している。まぁ印刷技術自体は隣国のシーナと呼ばれる大帝国から伝わってきたんだけどな」
「シーナ!親父から聞いたことがある。たしか良質な絹織物を多く産出する国だったような……」
シーナと呼ばれる国にダミアンが反応した。アルベルトさんから聞いた話では、この世界にもかの中華帝国に準ずる大陸国家が東の果に君臨している様だ。この地域で使われている羅針盤や養蚕業、陶磁器、紙のすべてがこのシーナからアラブ諸国を経由してこの地域に伝来している。シーナ、そしてその南にあるインディアと呼ばれる国々との貿易は莫大な富を生むために、ある程度教養のある人間や、商人などで知らない者はいない。
まぁ俺が作り方を知っている金属活字の活版印刷はこの地域に該当するヨーロッパ発祥の技術なんだけど、話を信じてもらうにはシーナを利用するしかなかった。俺の見た目てきにも、その方が信ぴょう性が増すしね。
「といっても俺は技術者じゃないから細かなところまで知ってる訳じゃないけどな、それでも必要な道具はこちらでも再現できる。いずれは金細工や大工ギルドから職人引き抜いて開発していきたい。あと広告業に関してだが、みんな写本とか読んだことあるか?」
「あるぜ、聖書とか、あと騎士物語なんかは子供のころから読んでる」
ピョートルの返事に他のみんなも同じだと言わんばかりに頷いた。
ここにいるみんなは商人の次男坊や貴族の召使として働いていた者たちだ。
俺がアルベルトさんとダリウスに提示した条件通り、全員が文字を読める。
「その時に本の一番最初や最後のページに本の原作者や、写本を書いた人の紹介文みたいなのがあるだろ?『この本を素晴らしいと思ってくれた方のなかで、本を買いたい場合はこちらの住所まで来てください』みたいな文を」
「あ?……あぁ、たしかあったような…ないような」
「その紹介文の製作と流通を請け負うのが広告業だ。職人や商人たちから料金を貰う代わりに、彼らの商会や製品に関する紹介文を簡単な絵と共に新聞やビラ紙、大きな看板に書いて宣伝する。試作として俺が書いてみたスタンダードギルドの宣伝ビラと、看板広告の下書きだ」
俺は手元に置いてあった紙を二枚ずつ、テーブルに座る彼らに配っていく。
ビラ紙と看板広告の下書き用紙に書かれた文字や数字は青やオレンジ、緑、黄色など明るい色で塗りつぶされ、一番上には立体的な太字で『アキラ・スタンダード』と書かれていた。そしてその下には、少しだけ小さな文字で『軍馬貸付 超格安』という謳い文句と共に、軍馬のイラストと各種プランの値段、そして貸付上限が細かく載せられていた。あとはそれ以外の業務内容と営業時間、住所に、ギルド長である俺の名前と簡単な似顔絵が載っている。
「どうだろう?あまり絵心はないが、伝えたい事を簡潔に、分かりやすさを重視して書いてみた」
みんな俺が配った広告に凝視したまま固まっているなか、チェスワフがぼそりと呟いた。
「これは……金になる」
「ああ……こんなん初めて見たぜ。確かにこんな風に書かれたら注目も浴びるし、商人や職人なら金出すだろうな」
「こんな書き方だれもやってねぇぜ?」
だろ?この時代の写本書いてる聖職者や文学者とか頭硬すぎ問題なのよ。
「ただ新聞も広告業も活版印刷技術が確立されてからになる。銀行業や証券取引所の設立もまだその先だ」
「銀行は分かるが、その証券取引所ってなんだ?」とボレスワフが聞いてきた。
この世界もそうだが、史実においても13世紀には証券取引所は存在していた。と言っても経済の中心地であると同時に、恒久的な政治機関である議会を有していたイタリアの都市国家が中心であったが。
他の君主国家ではあまり見られない。王様が変わったら先代の借金なんて知らないって言われるからだ。それに代わって議会は国が亡ばない限り続くから踏み倒される確率も少ない。だから王個人で借金するより、議会が借金をした方が多くの金を集められる。戦争するのにだって金は必要だが、税金というのはすぐに集まるものではない。その分、議会制なら多くの金を素早く集められるってわけだ。
まぁここまでいくと政治の話しなってしまうから戻るけど――。
「ここだとあまり知られてないが債券って知ってるか?西の帝国の自由都市やイタリー公国群で流通している手形みたいなものなんだが……なんでも国が決められた期日に利子をつけて返済を約束する代わりに、その証明書である債券を発行して売りつける。でもいろんな国にいって債権を買うのって現実的じゃないだろ?出来たとしてもかなりの手間だ。だからその中間業者として債券を発行している国々から債権を卸してもらって、こちらでまとめて流通させる。国は債権を売れる機会を手に入れ、購入者は債権を買う手間を省ける。そして俺たちはその仲介料を国と債券の購入者からもらうってわけよ」
「うまいこと考えたな兄弟」
「正直どんな野郎かと思ってたが、見直したぜ兄弟」
へへ、すごいでしょ?
これ、俺が考えたんだよ、ピョートル君。
「なるほど、だから新聞が出来てからなのか。詳しくもない遠方の国に金を貸す商人はいない」
「そうそう、そういうことだよダミアン君。だから我がギルドの業務の多くは活版印刷が完成しなくては始まらない」
「博打も博打だが、まぁ軍馬の貸付でも十分な金は稼げるだろうしな」
「ああ、それにここから一年以内に完成しなかったら活版印刷には手を引く。私たちには時間も金も限られているからな。自意識過剰だとは思わないでくれよ?俺は真剣にこの仕事が王国の未来を左右させると信じてるからな。軍馬を広めれば金には困らないだろうが、それでも限られた資源を無駄につぎ込むことはしない。最悪はそれまでに蓄積した技術と共に、開発事業を殿下か信頼できる商人に売り払うことも想定に入れてある」
「じゃあしばらくは軍馬の貸付だけか」
「ああ、君たちには長くとも1年間は軍馬の営業とその管理業務に徹してもらう。私はその間に開発に必要な人材を集めて共に開発する。あらゆる業務における最後の決定権は私が持っているが、軍馬の貸付業に関する仕事は君たちに任せる。いまから君たちには営業と事務の3人ずつに分かれて働いてもらうが、みんなの志望を聞きたい」
その後はヤコブ、レオン、ピョートル営業で働くことがきまり、ボレスワフ、チェスワフ、ダミアンが事務となった。営業にかんしてはギルド本店であるこの屋敷内での対応と、外回りの交代制となった。
「――ああ、でも実際に業務を始めるのは三日後からになる。間の二日間は君たちに街中を走り回ってギルド設立の宣伝とあいさつ回りをしてもらうよ。その時に軍馬以外の業務は喋ってはいけないよ?俺が作った宣伝ビラもなしだ」
「そりゃな、わざわざ先駆者の特権を捨てるバカはいねぇよ」
「うん、じゃあ第一回定例会議はこれで終了とします。夕飯はギルド設立祝いを開くから、それまでみんなは客室でゆっくりと休んでくれ」
俺の解散の合図にみんなぞろぞろと会議室を後にしていく。ちなみに元々あった6つの客室の半分は会議室と事務室、そして応接室になってるので、彼らは二人ずつで泊まってもらいます。それでも客室はかなり広いからみんな問題なく了承してくれたよ。
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