懸け賭け駆け


婚約の話し合いから2週間がたった。俺はマリアの部屋で2度目の昼食を食べながらマリアに話しかけた。


「なぁマリア一緒に公都にいかないか?新婚旅行も行けてないし」


「新婚旅行??」


一瞬だけキョトンとした顔でマリアは俺を見つめる。

この時代に新婚旅行なんていう概念はないからな。


「マリアずっとこの村にいるだろ?トルンに行ったときも珍しそうに街中見てたし」


「まぁ……街に行ったのは今回で2回目だけど」


別に田舎者と言っているわけじゃないのだが、俺の指摘にマリアは恥ずかしそうに少しだけ頬を染めた。


「三日後、俺は村長と飛び込み営業のために公都に行く。だからマリアも来ないか?そうだナタリアも連れて行こう。これから腹も大きくなって安易に動けなるし、今のうちに観光でも良いだろ?公都には外国の珍しい物産もあるらしいし」


「そう、じゃあ私も行こうかな」


マリアは嬉しそうにうなずいてくれた。

といっても俺の内心はそう気楽ではない。

なにせ公都への営業はオルガとの結婚式後を予定していたからだ。それをいきなり早めたのには嬉しくない知らせが先日村に入り込んできたからである。

ここクラクフ公国から南東に800kmの地で、タタール人によるスラブ諸国連合の壊滅。そして諸国の一つであったリャザン公国とプロンスク公国の陥落。

それまでにも数多くの都市と村が占領され、略奪と殺戮が繰り広げられているらしい。タタール軍はそこを拠点に部隊を北に進ませ、スラブ諸国との争いを続けている様だ。今は10年前に公都を破壊された元宗主国であるキエーフ公国に変わって、ウラジミール大公国という国を中心に抵抗しているらしいが、それも時間の問題とのことだ。寧ろ軍馬を使ってない以上、向こうからこちらまでのタイムラグを考えれば、もうこの知らせが届いた段階でウラジミール大公国も陥落しているかもしれない。

教会が言うところの太陽暦1238年6月17日。細かな違いはあれど、今のところはおおむね俺の知っている世界史通りの流れだ。そしてこの流れのまま行くのなら、2、3年後にタタール軍はこのクラクフ公国――地球でいう所のポーランドに侵攻し、分裂していたポーランド諸国はうまく戦えずに各個撃破される。そして最終的にはワールシュタットの戦いでポーランド・ドイツ連合軍は壊滅。略奪の嵐となり、地域によっては人がほぼいなくなる場所もあったぐらいだ。


だから俺は急きょヤロスワフと相談し、3日後の早朝には公都に向けてこの村を発つことを決めた。本当は普通に飛び込み営業しながら、公都に俺の影響を少しずつ伸ばす計画だった。だが正直もうこの国に猶予はないと思う。だから俺はある策を練った。ぶっちゃけ博打もいいことだ。だからヤロスワフとマリアには内緒にしているし、失敗すれば二人は殺されるだろう。俺は生き返るから一人でも逃げれるし、他に方法はあるからまだいいが。それでもこの計画が失敗すればかなり遠回りになる。

だから少しでも成功確率を上げるため、ヤロスワフとマリアには犠牲になってもらう。それでも出来るだけ二人の安全を守るように努力するが。


それから三日後、俺たちは東の村を出て、公都に向かい軍馬を走らせた。



「のどかな村ね」


「陸での主な交易路からも外れてるからな、人の行き来が少ない」


「人も先程出たチャンストバの半分もないですな」



二人の乗馬能力は俺が毎日レッスンしていたおかげで大分上達してきた。

鐙や騎座もそろえてあるから、俺より身体能力が低い二人でも時速100km/hのスピードに耐えれることができる。早朝から南に3時間ほど軍馬を走らせてトルンからコニン、ウッチ、チャンストホバ、サビエルチェという順番で進んできた。サビエルチェはクラクフからチャンストホバへの主要街道からは少し東にずれており、南には深い森が東西に並んでいるため、南のクラクフからこの村は隠れるような位置になっている。

俺はこの村で一日休息することを提案した。


「あなたがそういうなら、そうするわ」


「えぇさすがに疲れましたし。昼食もまだですから今日はゆっくりと休みましょう」


俺が提案したこともあってか二人はすぐに俺の意見に同意てくれた。

とりあえず俺は村で一番うまいエールとソーセジを宿の部屋で食いつつ、計画の最後の確認のために思料して時間をつぶした。久しぶりに緊張しているのか食欲も性欲もわかなかった。


そして俺たちは日の出と共にこの村を出発した。

サビエルチェから2kmほど東に移動した時点で、ついに俺は馬を止め、内緒にしていた計画を二人に打ち明かした。


「二人に黙っていたことがある」


「え?」


「なんでしょう?」


先程まで近くののどかな森の風景を眺めながら軽い談笑をしていたというのに、いきなり馬を止めて、急に真剣な顔つきで話し始めた俺の方を二人は不思議そうに見つめてくる。


「二人には普通の営業として話していたが、あれはウソだ」


「どういうこと?」


マリアの不安そうな問いに俺は馬を引いて後ろに振り返る。


「……軍馬召喚」


その瞬間、俺の前に30000体の召喚馬が現れた。そして召喚すると同時に甲高い馬の大合唱が平野に響き渡る。地面を蹄で削る音は大地を揺らしていく。

あまりにも壮大な光景を見てか、後ろで二人のどよめきが聞こえる。

俺も少し感動した。


「どういうこと?なにその馬?なにをしてるの?」


「アキラ様……どういうことでしょう?」


ただ二人はぜっさん混乱中。だよねー。


「みんなに秘密にしていたが、俺が召喚できるのは軍馬だけじゃない。こいつは半端な弓や魔法、斬撃ならいとも簡単に弾く亀甲馬。そしてこいつは突撃に特化にした一角馬だ。そして……こいつがペガサス。見てのとおり飛行できる」


「……うそ」


上空を旋回する無数の白い影。太陽の光に反射するその翼は円を描くように宙を飛んでいた。


「アキラ様はこんな大量の、モンスターで何をする気ですかな?」


ヤロスワフの声には怒気が籠っていた。振り返れば彼はマリアと俺の間に立つように馬を移動させていた。


「なにって……ヤロスワフ勘違いしてないか?別に危ないことはしない。ただの行軍。示威行為だよ」


「それは勘違いではございません」


ヤロスワフの怒気はさきほどより大きかった。まぁ確かに危険なのはそうだ。それに黙ってたのは悪かったと思ってる。でも悪気はなかったんだ。時間がたてばたつほどタタール軍は有利になって、俺たちが取れる手段は減っていく。

でもヤロスワフはだいぶ激おこらしい。


「いやあんたは勘違いしてる。俺はタタール人だぜ?」


「っ……それが!それが貴方の本性……目的だったわけですか」


あれ?伝わってない?冗談で言っただけなのに。


「ん?本性?まぁ確かに二人には黙ってたけど」


「移民を装いこの国に侵入して街の情勢を調べ、タタール軍がこの国へ侵攻する体制が整うのを待って内と外から攻める」


ヤロスワフの言葉に俺の口はポカーンと開いてしまう。


そっかぁ…そっちかぁ……確かに俺の言い方も悪かったけど……いや俺が100%悪かったわ。


「それは本当に勘違いしてるぞヤロスワフ!!」


俺は慌てて訂正する。


「ではなんのための行軍なのですか」


「それはインパクトのある第一印象をあのクラクフの王座に座る者に植え付けるためだ。俺が取るに足らない卑しい商人ではなく、強大な力をもっているとな」


「なぜそのようなことを?」


「お前も知ってるだろ。タタール軍がスラブ諸国を完全に支配したら、次に狙われるのはこの国だ。俺はスパイでも何でもない。スラブの民と同じで、元はタタール軍に侵略され服属した部族なのだ。そんな俺をお前たちは受け入れてくれた。俺はお前たちに恩返しがしたい。そしてあいつらへ今度こそ復讐する。だがもう時間がないのだ」


「まさか……分かりましたぞ…この馬の脅威を見せつけたうえで、貸し与える代わりに軍と爵位をもらおうとしているのですな」


ピンポン正解。まぁ大正解ではないけどね。


「さすがだヤロスワフ。俺に協力してくれるか?」


「……いいでしょう。これまで貴方についてきて失敗したことは何一つなかった。私が出来ることがあれば協力しましょう」


ヤロスワフは何とか同意してくれたようだ。マリアも俺がこの国を侵略するつもりはないと知って安心してる。


「そうよね、あなたがそんなことするわけないもの、ええそうよ、きっと」


完全に自分に言い聞かせてるけど、まぁいいか。


「そうだ、俺がそんなことするわけないだろ。ただこれから軍事パレードデモして公爵を驚かせてやるだけさ」


そういって俺は馬を前に歩かせる。二人も後をついて行くのを確認した俺は、アイテムボックスから複数の笛を取り出した。全て違う音がなる笛だ。

そのうちの「全軍進め」の合図である笛を俺は吹いた。ホイッスルのような甲高い音があたりにこだまする。その合図を持って30000体以上に及ぶ馬型のバケモノたちが一斉に歩き出した。

一コンマのズレもない馬たちの行軍。まるで太鼓のような音に大地はうねり声をあげ、森は揺れ、空気は切り裂かれる。


目先には新たな村が見えた。

向こうもこちらの存在を確認したらしい。

先頭に立つ俺たちと、その後ろにいる馬の数々。


まさか噂のタタール軍が攻めに来たのか。村中が騒々しくなる。

だが俺たちは村の存在を無視して東へと進んでいく。村人たちはその姿を呆然と見つめていた。


そして東西に延びる森を追い越した瞬間、また同じ音の笛が二回鳴った。

「全軍、右回れ」の合図だ。


それと共に3万の軍勢は一切のズレの無い更新を続けながら今度は南に進んでいく。


そして今度は四種類を使い分ける様に何度も笛が鳴らされた。

「亀甲馬。1番から4番隊、三角陣形。5番から20番隊、縦陣。及び全軍、速度微弱」

「一角馬。全軍、縦陣。及び亀甲馬に追従。及び全軍、速度微弱」

「軍馬。1番から10番隊、横陣。及び一角馬左翼に布陣。11番から20番隊、横陣。

 及び一角馬右翼に布陣」

「飛ぶ馬。全軍、上空飛行。及び三角陣形。及び一角馬上空を追従。及び全軍、速度微弱」


俺の笛の合図に各馬たちは指示通りの陣形を組み、俺たちの後ろを時速約10km/hの速度で進軍し始めた。え?なんでこんなことが出来るのかって?

みんなに内緒で、こっそり東の原野で訓練してたからだよ。こいつら頭いいからすぐに覚えれた。まぁ俺は自分で合図作っておいて、複雑すぎて最初は覚えられなかったんだけどね。馬の方が優秀ってどゆこと?この世に兄より優秀な弟はいても、召喚モンスター如きが主人さま超えちゃダメでしょ。身体能力はともかくもさ、俺いちようホモ・サピエンスとして名が通ってるんですわ。俺のプライドは?


まぁいい。驚いてるのはヤロスワフもマリアも同じ。

「まさかこんなにも賢いとは……」なんて声もらしてるし。


だろ?召喚主が優秀だと召喚したモンスターも優秀になるみたいだよ?知らんけど。


最後に俺はアイテムボックスから十字教の旗を取り出す。


「二人はこれを掲げてくれ」


「これは十字教の旗?なるほど、敵意のないことを示すためですか」


「ああ、気休め程度にしかならないだろうが、ないよりはました。それじゃあ行こう……いざクラクフへ!!」


そして俺は勝利を祈り、また「全軍進め」の笛を平野に鳴らした。

俺たちの戦いはこれからだ!!


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