28th チョッピリスケアリー

『銀河さん寿司屋出るよ!』


 その言葉を見た言織は、のほほんとアイスを食べている――


 ――なんてことはなく、しっかり寿司屋付近で時が来るのを待っていた。言織は失敗から学べる女。もうこれ以上のミスはしないのである。


「よし、やるよ……!」


「ひへへ……おもしろ〜っ」


 言織と篦河は気合を入れ、寿司屋から出てくる人々の様子を確認する。退店する者は誰も彼も高そうな服を着ている。これが富裕層と言うやつなのだろうか。


 言織がその様子に感心していると、今までの人々とは明らかに異彩を放つ男女が一組出てきた。


 片方は普通の『お金持ちのおじさん』といった出で立ちなのだが、もう一方がどうもおかしい。全身をブランド物で包んだ女性、という表現だけならそこまでの違和感はないだろう。


しかし、顔があまりにも童顔すぎる。しかも、ただの童顔ではない。『大人になりかけの童顔』なのだ。何かで例えるとするなら、思春期の顔。間違いない。あれがターゲットだ。


「ひへ……?それで、あたしたちは何をすればいいわけ?」


「この後の行動を探るのっ。ほら、夜の街に消えていった――みたいな?」


「ひへーん……?」


 篦河はイマイチ理解できなかったが、とりあえず言織の言うことに従うことにした。


「あっ、ほら、ついてくよ!」


 標的はエレベーターに向かって歩いていく。ここで、二人に少々の迷いが生じる。言織は小声で篦河に訊ねる。


(ねぇ、エレベーター一緒に乗っていいのかな?)


(ひへへ、もし乗ってダメならパパ活女の洞察力を褒めるしかないねぇ)


 そう、銀河は言織と篦河のことを知らないのである。すなわち、標的の二人にとって言織と篦河はただの一般客であり、気に留めるほどの人間でもないのである。


 人は思った以上に他人に興味が無い。自らに直接の危害がなければ、その場で気にする事はまず無いし、その後の記憶に残ることも決してない。


 二人は、それを信じてエレベーター乗り場に向かった。


◇ ◇ ◇


 エレベーターはすぐに来た。先に篦河と言織が乗り、それから銀河とおじさんが乗る。本当に警戒も何もされていないようだ。


 言織がボタンを操作する。緑色の開ボタンから指を離し、『1』のボタンを押す。すると、なんと銀河は『2』のボタンを押した。


 しまった、と言織は自分の読みが外れたことを憂う。時刻は十九時四十分を回ったところ。このデパートは、レストランフロアを除いて二十時で閉店となる。


 すなわち、順当に考えれば一階から退店するのが普通であり、ここから買い物をするなど常人では考えられない。


 しかし、パパ活女子の執念……?のようなものは凄まじく、ギリギリまでブランド品を買ってもらおうと粘るのだ。


 グイーンと落ちる感覚がしたと思いきや、ポーンっと音が響き、扉が大きく開く。銀河とおじさんの二人は無言で降りてしまった。後を追うか……?


 二人の決断は明瞭だった。――追おう。この距離ならまだ気づかれないかもしれない。二人は後を追ってエレベーターから降りた。


◆ ◆ ◆


 最後のネタをパクリと食べた。美味しかった!さて……恐怖のお会計だ。


「大将!おあいそ!」


 オレは昔から一度は言ってみたかった言葉を口にし、伝票を受け取る。


 ――腰が抜けそうだった。正直言って信じられない料金。突然始まった息切れが収まらない。あまりにも大金すぎる。


 オレは財布をふるわせ、なんとか用意した現金を数枚、トレーの上に出した。


「はい、ちょうど頂くね」


 恐ろしい。これほどの金額を払って「ちょうど」だなんて。お釣りが出ないなんて……!


「毎度ありー!」


 ――毎度は無理だ。少なくとも学生のうちは……


◆ ◆ ◆


 篦河と言織はパパ活女子を尾行しながらどんなものを買うのかをチェックしていた。


 とは言っても、やはり閉店間近。多くのお店が店仕舞いのための準備を進めており、まだ商品を買える店舗は残りわずかとなっていた。


「ウチ、あのバッグ欲しいんだよ〜!」


「わかった、わかったから」


 遠くからでもハッキリと聞こえる媚び声だ。こういうものを駆使するパパ活女子というものはつくづく恐ろしい。


「やったー!」


 二人はブランド品をまるでコンビニでの買い物の如く素早く購入する。閉店間近で店員さんの説明も簡素なものになっているようだ。


それから約五分後。二人は退店し、ようやく一階に向かって歩みを進め始めた。


◇ ◇ ◇


 店の外に出ると、銀河はなにか申し訳なさそうな表情でおじさんに話をかけた。


「ねぇ、おじぴ?この後のことなんだけどさ」


「うん?どうしたの?」


 言織はついに来たかと期待に胸を膨らませる。決定的証拠獲得か……!?


「ウチ、化粧直ししてきたいんだけど、いいかな?」


「もちろん、いいよ」


 な、なーんだ?お化粧直しかーっ?もっとこう、なんだろう……踏み込んだ事かと思っちゃったなあー!!


 なんて思いながら、言織はうんうんうんと頷いた。自らの発想の恥ずかしさを鑑みるように。


 銀河は、タッタッと走り出す。化粧室に向かって、かと思いきや、篦河と言織の方へ向かって……!?


 いや、まだ通過する可能性がある……!自分たちの目の前を通って近くの化粧室に行く可能性がある……!!


 と、思ったのも虚しく、銀河は言織と篦河の目の前で止まってしまった――


「あんたら、誰の差し金?」

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