4th テンメツランプ

 翌日、オレは何事も無かったかのように登校していた。というか出席数とかもあるのでしない訳にもいかない。昨日の疲れが体に残っているのか、オレはひっきりなしに欠伸を繰り返す。そんな時、昨日も聞いたけたたましい声が耳の中に響いた。


「葛さん!昨日は最後の最後まで本当に楽しかったです!ありがとうございました!」


「な、なんかごめんな、昨日は……」


「何故謝るのです?別に気にすることなど何もありませんよ!」


 ま、まあそれもそうか。あまり気にすることでもないよな。エアホッケーして、拳をほっぺに当てただけだし……こう書くと普通とは言い難いが、別にそれ以上のことはしてない……し。


「あ、葛さんすみません!そういえば私、委員会があるんでした!ちょっと席を外しますね!」


 夏来なくるは元気よく教室を飛び出した。疲れきっているオレとは正反対だ。どうすれば あそこまでの活発さを手に入れられるのだろう。不思議でならない。


 そうしてオレがまた「ふわぁー」と欠伸をしていると、また耳元に女の声が入ってくる。しかし、今度は夏来より低く、しっとりとした声だった。


「ひへへ、キミィ……元気?」


「う、うわぁ!な、なんだよ急に!」


 そこには、すこしパーマがかったロングヘアの根暗そうな女がいた。クラス内で見た印象がないので不審者か何かかと思ったが、一年生用の制服を着ているので間違いなく同級生ではある。


「ひへへ、ごめんね……あたしは篦河心へらかわこころ。キミのクラスメイト。ねぇねぇ、裏見クズくん?昨日さぁ、菊鳧さんのこと、『殴るよ』とか言ったり、路地裏に連れ込んだりしてたよね?」


 へぇ、クラスメイトなんだ……


 ――はっ?な、なんでこいつそんなこと知ってんだよ!?ゲーセンの中に居たってことか!?


「ちょっと待て、テラ可愛いだかヘラ可愛いだか知らんが、語弊のある言い方をするな!色々面倒なことになるだろ!あとオレは『カズ』であって『クズ』じゃねぇよ!!」


「ひへへ、語弊、ということは一部事実だってことだね。菊鳧きくけりさんに問い詰めないとねぇ……ね?クズくん」


 マズイ。昨日の百倍はマズイ。昨日は夏来との関係性だけで完結していた。しかし、今日は訳が違う。人生がかかっていると言っても過言では無いかもしれない。この女、あまりにも厄介だ。


 オレが焦りを覚え始めると同時に、教室に見覚えのある生徒が入ってくる。


「いやー!すいません葛さん!委員会、終わりましたよー……って、あれ?あなたは篦河心さん?葛さんに御用ですか?」


「ひへへ、当事者登場〜。ねねね、昨日はクズくんと何したの?」


「そうですね、葛さんには殴って頂きましたよ!それからそれから……」


「いや待てストップだ夏来!!これ以上はオレが死ぬ!社会的に!あとオレは『カズ』だ!『クズ』じゃねえって!!」


 ここ一週間一緒に過ごして感覚が麻痺していたが、実は夏来もヤバいやつだった。篦河はそれ以上のヤバさかもしれないが。


「ひへっ、ふーん。クズくんと関わってると、殴られちゃうかもしれないんだぁー……ひへっ、ひへへ、きっとこれから何十発も体に強烈なパンチを打ち込まれる……ひぇ……」


 コイツヤバい!ヤバすぎる!関わっちゃいけないタイプだったかもしれない!とりあえず誤解を広げないように話題を変えなくては!


「て、ていうか夏来、篦河の名前知ってるのか?知り合いとか?」


「いやぁ、クラスメイトですよ?さすがに知っています!それに、友達って訳では無いんですがね?中学校が同じだったんですよ!同じクラスになったことはありませんけどね!」


「まあそうだね……ひへへ」


 なるほど。でも友達じゃないって割には仲良さそうだな。


「ひへへ、それでさ、クズくん。結局どうなの?殴るの?殴らないの?」


「――急に話を戻すな……殴らないってば。何回言ったら伝わるんだオレの意思は……」


「――へぇ、殴らないんだぁ……あたしの期待を裏切ったね……裏切り者め」


 はい?急に不穏な空気になってきた。裏切り者……?どういうことだ?あまりにも文脈が無さすぎて困惑を隠せない。


「へひっ、ホントさ、キミもあたしを裏切るんだね……どいつもこいつもさ……」


 いやいやいや、マジかよこいつ!!予想を遥かに上回るヤバさだわ!被害妄想激しすぎだろ!


「ひへへ、まあいいや。それはそれで楽しそうだしね」


 怖い怖い!さすがにメンヘラが過ぎる!夏来を超える圧倒的な恐怖がオレを支配し始める。夏来もなぜかニッコニコだし。


「とりあえずオレは殴らねぇからな!オレにDV男の風評被害を押し付けるのだけはやめてくれよ!」


「風評被害じゃなくて事実だよね……ひへへ」


 まずいまずいまずい!!このままだと本当にオレが誰にも救えない圧倒的なクズ人間ということになってしまう!!何とかしなくては!!


「事実な訳じゃねぇって……あ、いや確かに拳を頬に当てたってのはあったけど」


 ――しまった、失言だ。なぜオレは余計なことまで言ってしまうのだろうか?本当に悪い癖だ。焦ると直ぐにそういうことを言ってしまう。

 案の定、篦河は鬼の首を取ったように口角を上げ、ポケットから何か角張ったものを取り出した。


「ひへへ〜」


 篦河は恍惚とした表情をしながら、取り出したものを見せつける。それは、小さな画面と「録音」「停止」の文字が付いた機械。オレはそれがなんなのかすぐには気づけなかった。しかし、その「録音」の意味を理解した時、オレの体にとてつもない悪寒が走る。


 まさか……それ……


「録っちゃったー♡」


 機械から放たれる赤いランプが、オレの胸の鼓動のように点滅し続けるだった。

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