第28話 せんぱい、助けてください……っ!!

 そして迎えた、放課後。


「はぁ……」


 あの後……結局、なにか会話が生まれることもなく……。お互いに自分の教室に戻ったのだった。


 言い方がよくなかったのかな……。


『そういうことを聞きたいんじゃないんですっ!』


 凛々葉ちゃん……。


「未希人~っ。じゃっ、おっさき~っ♪」


 こっちが思い詰めていると、前の方から宏也こいつの明るい声がした。


「……お前、やけにテンション高いな?」


 そういえば、朝からずっとそうだったっけ……。


 でも、いつも欠伸をしながら教室に入ってくるやつが?


「なにか予定でもあるのか?」

「ふっふっふ~。まぁ~なっ!」

「ふ~んっ」


 この感じだと……なるほど。そういうことか。


「デートか?」

「ああっ、その通り……って、おいっ! こっちは、まだなにも言ってないぞ!?」

「……わかりやすいんだよ」

「俺、そんな顔に出てたか?」

「いつもと明らかにテンションが違っていたからな」

「ま、ま、マジかっ!?」


 ……ワザとらしい驚き方しやがって……。


「はぁ。どうりで朝から元気だったわけだ」

「久しぶりだからよ~。そう言うお前は、昼休みになにかあったのか?」

「え?」

「俺が話しかけても、ぼーっとしていたからよ」

「…………」


 こっちもこっちで気づかれていたのか……。


 もしかして、俺たち、わかりやすい人間なのかもしれないな。


「まぁ、なにか困ったことがあったら、いつでも相談に乗ってやるよっ!」

「……っ。お前……格好いいところあるんだなっ」


 頼もし過ぎて……一瞬、本気で惚れそうになったぞ……。


「どういう意味だよっ!」

「褒めたんだよ。とにかくっ、サンキューな。いざというときは力を貸してくれ」

「おぅ、任せとけっ♪」


 そう言って、手でトンっと胸を叩いた。


「……ところで、時間は大丈夫なのか?」

「ん? ……あ」

「ふっ。早く行って来い」

「あ、ああぁ!! じゃなぁ~!」

「おう。また明日ーっ」


 宏也ひろやはスキップのように軽い足取りで、前の扉から出て行ったのだった。


 ああいうところがあるから、憎めないんだよなー。


 たまにムカつくときがあるけど。


 と心の中で呟きながら、机の上のカバンに目を向けた。


(はぁ……)


 まずは、つぐみから事情を聞いて。それが落ち着いたら、凛々葉ちゃんと話をしよう。


 このまま気まずいのも、なんだか嫌だし。


「……よしっ」


 じゃあ、一年の階に…――


 ピロリンッ。


 ん? ……あっ、凛々葉ちゃんからだっ。なになに……




『せんぱい、助けてください……っ!!』




「――ッ!? 凛々葉ちゃん……」


 名前を呟いたときには、俺はカバンを持って教室を飛び出した。




「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


 足の痛みなど忘れて階段を駆け上がると、一年の階までやってきた。


(な、なにかあったのか……!?)


 息を整える暇もなく、急いで廊下を進んでいると、


(凛々葉ちゃん……どこにいるんだッ!?  …………あっ)


「………………」


 奥にある空き教室の扉の前で、中を覗いている凛々葉ちゃんの姿があった。


(よ、よかった……。まずは一安心……)


「………………」


(……? 一体、なにを見ているんだ?)


 すると、こっちの足音に気づいたのか、彼女がこっちに向かってバァッと振り返った。


「!! せんぱい……っ」


 声を潜めながら言ってきた彼女に、小さな声で尋ねた。


「どうしたの……?」

「そ、それが……って、せんぱいの方こそ、どうしたんですか?」

「え?」


 どうやら、息を切らしているのを見て不思議に思ったらしい。


「り、凛々葉ちゃんが……『助けてください……っ!!』って言うから、慌てて来たんだよ……っ」

「……っ! わたしのこと、心配してくれたんですか……?」

「当たり前だよ……っ!! だって、凛々葉ちゃんは、俺の…――」




「誰、あんた?」




 言おうとした言葉を遮るように、中から声が聴こえた。


 俺は開けた口を閉じて、扉の小窓から中を覗くと、そこには二人の女子生徒の姿があった。


 一人は派手なメイクと明るい色の巻き髪という、なんというか、ケバい子だった。


 そして、もう一人はというと、




「つ、つぐみ……ッ!!!???」




「――…せんぱいっ!」


 急に中の二人がこっちを見たため、慌ててその場にしゃがんだ。


「声が大きいですよ……っ!」

「ご、ごめん……っ」


 ドキッ……ドキッ……。ドキッ……ドキッ……。


 ……ゴクリ。


「……もういいかな?」

「もう少し待ちましょう」

「りょ、了解……っ」


 バレそうになったのはこっちが原因なのだから、ここは素直に従おう。


 そして、少し待ってからこっそり中を覗いた。


「「…………はぁ」」


 どうやら、向こうにはバレずに済んだらしい。


 よかった……。でも、


「……ねぇ、凛々葉ちゃん。俺をここに呼んだ理由ワケって……。もしかして、“あれ”のこと、だよね……?」

「は、はい……」

「なにがあったの?」

「実は……」




 さかのぼること、数分前――。


「はぁ……」


 どうして、あんな言い方しかできなかったんだろう……。


 誰にでも優しく接する人なのだから、心配するのは当たり前だ。


 それは、例え相手が元カノであっても関係ない……。


「…………」


 余裕がないところを見せちゃうなんて……。どうしたんだろう、わたし……。


 と、心の中で呟きながら廊下を進んでいると、


「? あれって……」


 つぐみと一人の女子生徒が、奥の教室に入っていくのを目撃した。


 確か、あそこって空き教室だったはず。


(な、なんなの……この胸騒ぎは……)


 バレないように千鳥足で教室の前まで来ると、扉の小窓から中を覗いた。


「………………」

「………………」


 あの二人、はっきり言って仲がいいようには見えない。全くタイプも違うし。


 地味子とギャルが空き教室に入ってすること、と言えば…………って、そんなことを考えている場合じゃないっ!


(は、早く、せんぱいに……っ)


 そう思ってブレザーのポケットからスマホを出したのだけど。


(いいの……かな……)


 あんなことがあったばっかりなのに……。


(……でも、せんぱいなら……っ)


 凛々葉は迷いのない手つきで、未希人のトーク画面を開いた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「――というわけなんです……」


 せんぱいに話したのは後半の部分だけで、わたしが悩んでいたところは伏せた。


 単純に、言うのが恥ずかしかったのかもしれない。


「…………っ」

「凛々葉ちゃん?」

「!? えっとー……あっ、せんぱい見てください……っ」

「ん?」


 凛々葉ちゃんが指さした先に目を向けると、


「なんですか、あのアクセサリー? ダサぁ……」


 どうやら、ケバい子が腕に付けていたブレスレットのことを言っているようだ。


 でも、わざわざ口に出して言わなくても……。まあ、確かにそうなんだけどさ……。


「髪も派手ですし、一体どういうセンスを……あれ?」

「? どうかした?」

「あの人、どこかで見たことがあるような気がして……」

「え。凛々葉ちゃん、誰なのか知ってるの?」

「うーん……あっ、思い出しました。どこかで見たことがあるなーって思ったら、あのときですよっ」

「あのとき?」


 はて、いつのことだ……?


「この前、ショッピングモールの下着屋さんに行ったじゃないですか?」

「う、うん、行ったね……」


 あれは……凄い体験だったな……。


「せんぱい?」

「あ。そ、それで?」

「服を持ってレジに向かっていたら、お店の中で騒いでいたんですっ」

「騒いでいた?」

「はいっ。お店の雰囲気を台無しにするくらい!」

「えぇ……」


 そこまで言うってことは、余程マナーが酷かったんだな……。


 ちなみに、凛々葉ちゃんがその話を盛っていたことは、後で知ります。


「で、あたしをここに呼び出したワケはなに~?」

「…………」

「あたし、こう見えて忙しいんですけど~。てか、早くあんたが誰か教えてくんな~い?」

「……くりざわつぐみ」

「はぁ?」

「……私は、栗ノ沢つぐみ。――…栗ノ沢凛々葉の姉」

「!! へぇー。あの女に、あんたみたいな姉がいたなんてねーっ。超ウケるんですけどーw」


 そう言って腹を抱えて笑う彼女に対して、つぐみの顔を真剣そのものだった。


 鋭い視線を向ける瞳が逸れることはない。


「姉と言っても、“義理”の姉」


 ………………………………………………………………。


「プフッ、アハハハハッw マジで、どーでもいいんですけどーw」

「…………」

「アハハハッw …………はぁ。それで、その義理の姉のあんたが、あたしに何の用なわけ?」


 地団駄を踏んでいるところを見るに、イライラしているのがわかる。


 そんな彼女に、つぐみは淡々とした口調で話し始めた。


一昨日おとといのショッピングモール」

「はぁ?」

「ペットショップで、あなたを見かけた」


 ペットショップって、確か、つぐみの気分が少しでもよくなればと思って、立ち寄ったんだっけ。


 まあ凛々葉ちゃんが、動物が苦手ということもあって、すぐに出たのだけど。


 ……そっか。あそこにいたのか。


「あのとき、あなたは、彼女のことを『目障り』だと言った」

「そうだっけ~? てか、人の会話を盗み聞きするとか、ヤバくね? あ、義理と言っても、あの女と姉妹だからしょうがないかっ。アハハハハッw」

「……どうやら、話し出すと止まらないみたいね」

「あん? …………っ!?」


 つぐみが鋭い視線を向けると、彼女はその迫力に圧倒されて後退りした。


「………………」


 なにも言わず、一歩ずつ詰め寄っていくつぐみ。


「な、なんだよッ!! なにが言いてぇんだよ……ッ!」

「………………」


 そして、窓際まで追い込まれた彼女に向かって、はっきりと言い放った。


「彼女の悪口は、誰であっても許すことはできない」




「彼女に、訂正と謝罪を」

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