第17話 ……先輩、ニヤ気すぎです
「喫茶ヒマワリ、ですか」
「う、うん」
当時、俺はお気に入りのこの店を彼女に紹介した。
学校だけではなく、どこかゆっくり会話ができるスポットを探していたときに、思い付いたのだ。
「今日の放課後とか……一緒にどうかな? ホットコーヒーが美味しくて、おススメなんだけど……」
これは、自分にとってとても勇気のいる行動だった。
心臓はバクバク。手汗はビショビショ。
……ゴクリ。
この誘いを受けて、つぐみは、
「…………っ」
顔を赤く染めながら、コクリと頷いた。
あまり感情を表に出すタイプではないが、この反応ということは、
「OKってことで、いいんだよな?」
「…………はいっ」
「っ!!」
…………イエッッッス!!!
俺は、心の中で渾身のガッツポーズを決めたのだった。
そして迎えた、放課後――。
「マスター。こ、こんにちは……」
「おや? 未希人君、いらっしゃい」
そう言って、俺と一緒にいたつぐみの方を見た。
「後ろのお嬢さんは……そういうことか。未希人君も隅に置けないね」
「あははは……おかげさまで……」
恥ずかしくて顔を俯かせているつぐみに、マスターは優しい声で言った。
「いらっしゃい。ここは初めてかな?」
「は、はい……っ。あ、あの、
今にも頭からプシュゥゥーッと煙が出そうなくらい、顔が真っ赤に染まっていた。
可愛い、を通り越して…………尊いっ! 尊すぎる……っ!!
「ホッホッホ。未希人君、彼女をいつもの席に案内してあげたらどうだい?」
「あっ。向こうに気に入っている席があるんだけど。そこでいいかな……?」
「は、はい……っ。お任せします……っ」
それからテーブル席に移動すると、メニュー表をつぐみに渡した。
「先輩は、なにを注文するんですか?」
「俺? 俺は決まってホットコーヒーだけど」
「そういえば、先輩、言ってましたね……。このお店のコーヒーが美味しいって……」
つぐみは、開いていたメニュー表を閉じた。
「じゃあ……私も同じもので」
「他にもあるけど、いいの?」
「……はい。実は先輩に教えてもらったときから、ずっと気になっていたんです」
「そ、そっか」
その後、店員のお姉さんが注文を取りにきた。
「ホットコーヒーを二つで」
「かしこまりました。では、ごゆっくりどうぞ」
と言い残して、カウンターに戻って行った。
「先輩、凄いです……」
「え、なにが?」
メニュー表を元あった場所に戻している間も、真っ直ぐな瞳で俺の方を見ていた。
「私……注文するとき、どうしても緊張してうまく伝えられないから……」
そう言いながら、つぐみは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
その様子を見て、なんだかこっちまで恥ずかしくなったのだった――。
……。
…………。
………………。
「どうしたんですか? 人の顔をじーっと見て……」
「ハッ! い、いや、別に……っ」
意外と、昔のこと憶えていたんだな……。
「………………」
じーーーーーっ。
「!! と、ところで、つぐみは、ここに来るのは久しぶりなのか?」
「……はい」
「そ、そうなんだな。えーっと……」
それ以上の言葉が浮かばず、お互いに会話もないまま、運ばれてきたコーヒーを飲み進めた。
そして、量が半分まで減ったところで、つぐみが徐に口を開けた。
「……聞いてこないんですね」
「え、なにを?」
「私が、先輩をここに呼んだ
「!! ……聞いてもいいのか?」
一瞬、間を空けてから、つぐみはコクリと頷いた。
「先輩をここに呼んだのは………………」
次の言葉を待ったが、つぐみは言おうとする口をそっと閉じた。
「はぁ……。盗み聞きは感心しませんね」
「え、盗み聞き?」
「そろそろ出てきたらどうですか?」
――ギクッ。
すると、つぐみの後ろの席に座っていた女性がビクッと反応した。
その女性はゆっくりと振り返ると、
「あははは……。せんぱい……どうもー……」
「!!? り、凛々葉ちゃん!?」
彼女は気まずそうな顔を逸らしていた。
「どうして……凛々葉ちゃんがここに……」
「そ、それは……ここにいるぶっきら坊な人が、嬉しそう~な顔で出かけて行ったので、もしかしたらと思いまして……っ♪」
「……そんな顔してない」
「し、してましたーっ!」
「……してない。あ、もしかして……ストーカー?」
と言うなり、
「ん~? なにか言った~?」
「…………」
つぐみは、なにも言わずに体の向きを前に戻した。
「えぇ……」
「どうしてせんぱいが引いているんですか……っ!!」
声を上げると、勢いよく席から立った。
「凛々葉ちゃん」
「せんぱい、勘違いしないでくださいっ! これは……その場の流れで……」
「静かにしないと、周りのお客さんに迷惑が掛かっちゃうよ?」
と言うと、凛々葉ちゃんは「え?」と呟いてから、周りを見渡した。
「!! そう……ですね……」
つぐみのときとは違い、未希人に対しては素直な凛々葉なのであった。
「――ふっ」
「……今、笑ったでしょ?」
「ただの気のせい」
「いや、絶対に笑ったでしょ!?」
「……ふふっ」
「…………ッ!?」
あれ? こ……この空気は…………ハッ!
そのとき、俺は思った。
これって所謂、修羅場なのではないか? ……っと。
「と、ところで、せんぱい」
「うん?」
「……どうしてわたしに黙って、この女……この子とお茶なんてしていたんですか?」
「!? あぁ……それは……ですね……」
「せ~んぱいっ?」
「…………ッ!?」
ニコッと可愛い顔を近づけてくる凛々葉ちゃんに、思わずたじろいでしまう。
「どうしてなのか、教えてく・だ・さ・い……っ♪」
彼女は微笑みを浮かべているのだけど。目が全くと言っていいほど笑っていなかった。
「ふふふっ。ねっ、せ~んぱいっ?♪」
「あはははは……」
「さっき、この人が『懐かしい』って言っていましたけど。それって、どういう意味ですかーっ?」
「!! そっ、それは……」
「もしかして……わたしと来るよりも前に、ここに連れてきていた、とか~?」
「!? ああぁ……その通り……です……」
「っ!!?」
正直に答えると、今まで見たことがないくらいに目を見開いた。
「わたしというものがありながらっ! 前の彼女と一緒にお茶を飲んでいたなんて……っ」
「ち、違うんだっ! あぁ……いや、この場合は違わないのか……?」
「聞かれてもわかりません!!」
「凛々葉ちゃん……か、顔が近いよ……っ」
「近づけてるんです~っ!」
「え!? そうなんだね……」
可愛いからいいけど……ちょっぴり、あざとい……ん?
「えっと……凛々葉ちゃん……」
「なんですか? 言い訳なら…――」
「そうじゃなくて……っ。えっと……口にケチャップが付いてるよ?」
「へっ? ……っ!!」
一瞬、驚いた表情を浮かべると、慌ててテーブルの上の紙ナプキンで口元を拭った。
どうやら、向こうのテーブルの上に置いてあるナポリタンを食べていたときに付いたらしい。
つぐみが長い時間待っていたから、お腹が空いたのだろう。
「わたしとしたことが……せんぱいに恥ずかしいところを……っ」
「き、気にしてないから大丈夫だよ……?」
「…………」
頬をポッと赤くする凛々葉ちゃんを見つめていると、じーっとした視線を感じた。
「……先輩、ニヤ気過ぎです」
「っ!?」
真っ赤な顔の凛々葉ちゃん。
そんな彼女をジト目で見つめるつぐみ。
そして、つぐみからの無言の圧力を受けて、冷や汗をダラダラとかく俺。
この状況、まさに………………修羅場だッ!!!
「あははは……はぁ……」
結局、俺をここに呼んだ
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