第14話 私は……今……

 ペラッ……ペラッ……。


 ページを捲る音だけが聞こえる、静かな部屋。


「…………」


 この部屋の主であるつぐみは、ベッドの上で壁にもたれながら本を読んでいた。


 壁の本棚には、小説、哲学書、美容本、猫の写真集など、様々な本が並べられてある。


 ジャンルにこれといったこだわりはない。


 そのときの自分が一番読みたいと思った本を読んでいる。


 ちなみに、今読んでいるのは……恋愛本だ。


 どうしてこの本を読みたいと思ったのか。それは……今頃、隣の部屋で眠っているであろう、義妹の凛々葉が関係している。


 先輩の……“今”の彼女。


「……あのとき」


 脳裏に浮かんだのは、今日起きた出来事――。


 あのとき、二人がベッドの上でなにをしていたのか、それは言うまでもない。


 汗ばんだ髪と火照った頬。そして、あの潤んだ瞳。


 ……それだけで十分だ。


 正直……悔しいという気持ちはない。ただ自分への怒りだけが、今でも時折、心の奥底から湧き上がってくるだけだ。


「………………………………………………………………」


 だからなのかはわからないが、さっきから一ページも進んでいなかった。


「先輩……」


 ……私は昔、高谷たかや先輩と付き合っていた。


 初めての彼氏。


 そして、異性で初めて告白してくれたのが、先輩だった。


『お、俺と……付き合ってくださいっ!!』

『………………はい』


 先輩の告白を、私は二つ返事で受け入れた。


 好きと言われたときは、言葉で言い表すことができない程、嬉しかった。


 あのとき程、前髪が伸びていてよかったと思ったことはない。


 意外というわけでもないが、この関係が他の人にバレることはなかった。


 でも。もし、バレていたら……。


 つぐみは、“もしも”の世界を想像しようとしたが、


「っ……私は……今……」


 俯いたまま首を横に振った。


 二人の顔が頭に浮かんで、「それ以上は先に進むな」と心の中の自分が言ったからだ。


 こんな無粋なこと……。


「はぁ……」


 ため息をするなんて……いつぶりだろう。


 そんなことを心の中で呟いていると、ちょうど開いていたページのある一文に目が止まった。


『リアルの恋愛は、ゲームのようにボタンをポチポチと押していればスムーズに進むわけではない』


 現実の恋に、セーブもリセットもない。時間の流れに沿って進み続ける……。


「………………」


 つぐみは手元の本をそっと閉じると、枕元のスマホを取ってなんとなく画面を点けた。


「二時……」


 本を読み始めたのが十時過ぎで、今が二時。


 ということはつまり、気づかない間に四時間近く経っていたことになる。


(…………喉渇いた)


 つぐみはベッドから起き上がって本を棚に戻すと、部屋を出て暗い廊下を進んだ。


 そしてリビングに入ると、キッチンでコップに入れたお茶を飲もうとした。そのとき、


 ――ガチャリ。


 扉が開いてリビングに入って来たのは、


「…………っ!!」


 こちらを見て目を丸くする凛々葉りりはだった。

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