第9話 せんぱい……っ♥

「…………っ」


 ここが……凛々葉りりはちゃんの部屋……。


 白とピンクを基調とした部屋の中は、花のいい香りに包まれていた。


 棚には、小物が綺麗に並べられていて、彼女のセンスの良さが窺える。


(…………ん?)


 部屋を見渡してふと目が止まったのは、ベッドの枕元に置いてあった可愛らしいクマのぬいぐるみだ。


 言っていいのかはわからないが、年季が入っているように見える。


「……一番のお気に入りなんですっ」

「え?」

「夜寝るときに抱き枕にしてるんですっ。なにかを抱いてないと……どうにも寝付けなくて……っ」

「そ、そうなんだ……っ」


 緊張しすぎて、声が……。


 抱いてないと……寝付けない……おっと、また妄想の世界に――


「せんぱい……緊張してるんですか?」

「!! き、緊張なんて、してないよよよ……っ!!!」


 おいおいっ。これだと誰が見ても緊張しているのがバレバレじゃないか……!


「…………っ」


 なんとか、ペースを取り戻さないと……っ。


「な、名前はなんて言うの?」

「クマさんです」

「へっ?」

「小さい頃からずっとそう呼んでいたので。途中から変えようなんて考えたこともないです」

「へ、へぇー……」


 シンプルイズベストって言うし。それに、愛着がある名前をわざわざ変える必要はない。


 それより……このぎこちなさを一刻も早くなんとかしないと、変に思われてしまう……っ。


(と、とりあえず、深呼吸をしよう! 吸ってー……吐いてー……って、目の前でやったら余計に変に思われるだろっ!)


「小さい頃……」

「え?」

「毎日、怖い夢を見てなかなか寝付けないわたしのために、母がプレゼントしてくれた……大切な宝物なんです……っ」


 そう言っているときの凛々葉ちゃんの表情からは、どこか寂しさを感じた。

 

 そういえば、来たときに家に誰もいなかったけど。なにか用事で出かけているのかな?


「………………」


 あまり、触れない方がいいのかもしれない。


「……せんぱい」


 凛々葉ちゃんは徐にベッドのふちに座ると、空いている横にポンポンっと手を当てた。


「え……」

「…………っ」


 俺は導かれるように、ベッドのふちに並んで腰を下ろした。


 それによって低反発のマットレスが軽く沈んだ。


「えーっと……凛々葉……ちゃん?」


 すると、彼女はそっとこちらに体を寄せた。


「…………っ!?」


 動揺しそうになったが、屋上のときより彼女をより近くに感じる気がした。


 二人だけの空間だから? でも、それは屋上も変わらない。


 なら、どうして……。


 思考を巡らせようにも、彼女の髪からいい香りがして……


 ドキッ……ドキッ……。


 心臓の鼓動が、いつもより強く感じる。


「もしかして……初めてなんですか?」

「え。な、なにが……?」

「わたしが言わなくても……わかってるんですよね……?」

「…………っ」


 この部屋に入る前から、薄々そうなんじゃないかと思っていた。


 恋人の部屋のベッドに二人で腰かけ、体を寄せ合う。


 そんな状況ですることなんて……。


「こ、こういうことは、もっと順序を…――」

「順序なんて気にしていたら、お互いを深く知ることなんてできませんよ?」


 と、はっきりと言われてしまった。


「……ここだけの話、『そっち』の相性ってかなり重要なポイントなんです」

「あ、相性……?」

「いくら言葉で『愛している』と言われても、自分を満足させてくれない人と一緒にはいられないものなんです……っ」

「そ、そうなんだ……」

「経験をすることで、より相手のことを理解することができる。先輩は、そう思いませんか?」

「思う……けど……」


 彼女の目からは、“それ”を求めていることがわかる。


 ……今思った。俺が知らない景色を、彼女は知っているのだと……。


 正直、経験がない自分からすれば、それが一体どういったものなのかはわからない。




(…………知りたい)




 でも、ここで変に初めてだということを否定して、本番でヘタくそだったら……幻滅されるに決まってる……っ。


『せんぱい……ダッサ……』


 ………………。


 俺は……


「俺は……知りたい。キミのことを……もっと。は、初めてだけど……」


 体は金縛りにあったときのようにこわばり、手はプルプル震えている。


 彼女の返事次第では、この場で卒倒するかもしれない。


「わたし……」

「…………っ」


 ドキッ……ドキッ……。


「…………変に隠すより、正直な人の方が好きですっ♡」

「!! ほ、ホントに……?」

「……はいっ。初めてだということを気づかれたくなくて、“慣れてますよ”アピールしてくる男の人っているんですけど。正直、バレバレなんですよね」

「うっ……」


 世の男性のみなさん、気づかれているみたいですよ。


 とにもかくにも、言ってよかった……。


 しかし、その隙を彼女は逃さない。


「大丈夫ですよ、せんぱいっ。わたしが手取り足取り教えてあげますから……♡」

「ッ!!?」


 手取り……足取り……。


「じゃあ、手始めに……キス、しましょ……っ♥」


 き、キス……っ!!


 目や意識は、彼女の可愛らしい唇の一点に集中した。


 で、でも、こういうときって、大体いいところで邪魔が入るのがお決まり…――




「せんぱい……っ♥」




 ……ッ!!? じゃ、邪魔が入ってこないんですけどーーーーーッ!!!???


「んーっ♡」


 いっ、いいのか? 本当にいいのか? いや、よく考えろ、俺は彼氏なんだぞ? 恋人同士なら至って普通のコミュニケーションなのだから、おかしいことはなにもないはずだっ。


 フル回転した思考回路が導き出した答え。それは……


(や、やるしかない……っ!)


 覚悟を決めて、俺はゆっくりと顔を近づけていき………………彼女の唇に触れた。


(や……柔らけぇ……女の子の唇って……こんなに柔らかいのか……っ)


 そして、ゆっくり顔を離すと、


「どうですか、初めてのキスのお味は?」

「……オレンジの……味がしたかな……」

「出かける前に飲んでいったオレンジジュースですね」

「そ、そうなんだ……っ」

「ふふっ」


 凛々葉ちゃんは徐に立ち上がって扉の横にあったボタンを押すと、部屋の明かりが薄暗くなった。


 どうしてそんなことをしたのか、それは……今から明らかになる。


「雰囲気は大事、ですからね……っ♡」


 そう言ってベッドに戻ってくると、急にシャツの裾を掴んできた。


「せんぱい、バンザーイしてくださいっ♡」

「え?」


 そして、次の瞬間。


「脱がせ合いっこをしましょう♪」

「…………は、はい~!?」

「えへへっ。バンザーイっ♪」


 凛々葉ちゃんに促され、お互いに相手の服を順番に脱がせていくと、


(おぉ……っ)


 彼女が着けているブラがお目見えした。


 ピンクの花柄のデザインと、中央のリボンがワンポイントになっていて、とても可愛らしい。


「せんぱい、見すぎです……っ♡」

「!? ご、ごめん……っ!!」

「ふふっ♥ ホックの外し方、わかりますか?」


 ――カチャ。


「は、外したけど……」

「……せんぱい。ホックを外すの、慣れてませんか?」

「そうかな……?」

「……まぁ、これ以上の追及はしないことにします。その代わり〜……いっぱい楽しみましょうね……っ♥」




 そしてついに、二人は生まれたままの姿になった。

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