第12話 最高の誉め言葉

「こんにちは。改めまして、青と申します」

「ナナミです。よろしくお願いします」

 低いテーブルを挟んで握手をする。第一印象は、ごく普通の男性だった。身長はおそらく平均程度、服装や顔立ちも、これと言って特徴的なところはない。きっと街ですれ違っただけなら、何の注意も向けなかっただろう。

 しかし、声だけはやはり別格だった。歌声とはまた違った魅力のある声だ。ゆっくりとした話し方に、よく合った低めの声。心地よく鼓膜を揺らす。声優になっても売れるんじゃないだろうか。

「まずは、お引き受けいただいて、ありがとうございます」

「いえいえ。こちらこそ、数多の歌い手の中から、私を見つけ出してくださって、ありがとうございます」

「単刀直入ですが、どうして引き受けてくださったんですか?」

「そうですね……。まずは、純粋に素敵な曲だなと思ったのがひとつ。あとは、赤坂凛さんの曲調に、少し似ているのが、気になりました」

「え?」

「赤坂凛さんを好きな人って、たくさんいます。実は、『悪』を上げてから、何人かの作曲家の方に、お声がけいただくことが増えまして。なんですけど、どの方も、少し違うんですよね。もちろん、私のために作曲してもらえるなんて、なかなかない機会ですから、断りにくくはありましたが、どうにも心が動かなくて」

 ナナミさんは、一旦そこで言葉を切った。目を伏せてカフェラテを口に含む。私もコーヒーを啜った。

 再び顔をあげたナナミさんは、熱を持った目で続ける。

「でも、青さんの曲は、違いました。赤坂凛さんが本当に好きなんだろう、というのが伝わってきましたし、所々で、似た音の使い方をしてるんです。あの人のメロディーは唯一無二だ。真似しようと思ってできるものじゃないです。なのに、青さんは、似た音を使える。それが、僕の心を動かしました」

 なんだか、最初の印象とはずいぶんと違う。一人称も気づけば変わっているし、最後の方は早口になっていた。落ち着いた雰囲気の下に、これほどの熱を持っていたのか、と少し驚く。

 そんな感情が顔に出てしまったのか、ナナミさんは私を見て、照れくさそうに笑った。

「すみません、オタクが出てしまいました」

「いえ、あの、すごく……すごく嬉しいです。そんな風に言っていただけたの、初めてで」

「あ、でも、似てるとかって、誉め言葉にならないですよね。うわ、失礼なこと言ったかもしれない」

「いや、嬉しいです、ほんとに。赤坂凛に、似てるなんて……誉め言葉以外の、何物でもないです」

 言っているうちに、涙がこぼれた。あれ、と思った時にはもう遅かった。溢れる。どん底に落ちた去年が、東京に来てからの二年半が、音楽を始めてからの五年半が、たった一言で報われた気がした。

「え、嘘、大丈夫ですか」

「すいません……ちょっと……なんでかな、止まんない」

「これ、あの、ハンカチ、よかったら」

「あぁ、ごめんなさい、ありがとうございます」

 二人して慌てている姿が、店で若干の注目を浴びてしまう。冷えた身体が再び熱くなった。

「恥ずかしいところをお見せしました……」

「いえいえ、全然」

 とりあえず涙を止めた私は、鼻声でナナミさんに頭を下げた。ナナミさんは笑ってそれを制する。ナナミさんが、会って仕事の話をしたがる理由が、少しわかった。確かに、相手のことを知ると、また次の曲を作りたいという気持ちにさせられる。

「じゃあ、進め方とかについて、もう少し話しましょうか」

「そうですね」

 打ち合わせは、カフェの閉店時間まで続いた。どちらの名義でアップロードするのか、進捗なども会って話すべきか、変えたい音や歌詞はあるか、どのような歌い方にするのか。話し合うべきことはなかなか尽きない。それは私にとって初めての経験で、とても楽しい時間だった。

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