第44話

「うわぁああ!」

 岩城は今度は鼻を押さえようとしてからハサミに気がつき、それを抜いた。

 ぼたぼたと血が流れ出てくる。

「あなたみたいなクズ野郎を何人も殺したわ。でも全然すっとしないの。何故かしらね。根源であるあなたを殺せば違うのかしらと思っていたんだけど、そうでもないわね。世の中にクズが多すぎるもの。殺しても殺しても次々沸いて出る。まるでゴキブリね。そうそう、ゴキブリって踏みつぶしちゃ駄目なんですって。菌を撒き散らすらしいわ。それでね、私も今まではあんたみたいなクズを殺してたんだけど、もう殺すのはやめにしようと思って。何故だか分かる? あなたやうちの母親みたいな人間には分からないわね、きっと。でも、今までは殺すつもりでやってきたから、加減なんかいらなかったけど、殺しちゃ駄目ルール追加だから、難しいわ。どうやったら死なないのかしら?」

 岩城の右目からは血と潰れた眼球の破片が流れ出て、左目からは涙が出た・

 手で右目を押さえながら岩城は怯えた表情でミサキを見あげた。

 痛みでまともに考えるのも難しいが、神崎と言う名には覚えがあった。

 神崎レンという少年を引き取り養育し、今でもレンは岩城と名乗っているはずだ。

 その身内……? とまでは考えたが、そこからは頭が動かなかった。

「たすけて……たすけてくれ……金をやる……いくらでも」

「いらないわ。久しぶりに会った弟と妹がね、とっても働き者らしくて、お姉さんはゆっくり趣味でも楽しんで、って言ってくれたの。すごいでしょ? 私の人生、最後にこんなご褒美があるなんて信じられないわ」

 ミサキはクスクスと笑ったが、目だけは面白くもなんともないという風だった。

「昔、先生に子宮を取られて一千万、ずいぶんだって恨んでたけどね。ちょっと前に児童ポルノで稼ぐ女がいてね、自分の娘を一時間いくらって貸すの。幼女好きな男にね。ああいう女だったら一千万くれるって言ったら、自分の子宮でも喜んで売るんでしょうね。最近の若い人って恐ろしいわね」

 ミサキは床に落ちている血塗れのハサミを拾って、

「これで先生のペニスを切り取ったらすっきりするかしら?」

 と言った。

 岩城の左目が恐怖で大きく見開かれた。

「反撃してもいいのよ? 先生。あなたは男で片目も無事なんだし、反撃しようと思えば出来るんじゃないの?」

 ミサキは部屋のドアを開けた。

「先生、ここは最近手に入れた織田家の離島の別荘。海辺でリゾートしませんかって誘われて来たんでしょう? 私もなんだけど、この間来た時は陰気くさい漁村だったのに、あれから半年でずいぶんリゾートっぽくなったわ。プライベートビーチ付きのペンションまで建っちゃって。「リゾートアイランド ITAKE」って聞いたでしょう? 正式名称は伊武島なのよ。知り合いがいたんだけど、新鮮な海の幸がご馳走ですって。こんな綺麗な別荘、汚しちゃもったいないからどっかの廃墟でいいって言ったんだけど、汚してもいいから好きに使っても良いって、本当に可愛らしい妹だわ。で、先生、チャンスはあげる。逃げて。私から、ね?」

 とミサキが言うと、岩城はよろよろと起き上がり、ソファや壁に手をつきながらドアの方まで歩いた。そして開いたドアから出ようとした瞬間、

「なんちゃって」

 と声が聞こえ、腕に衝撃と痛みが走り、ガクン!と床に膝をついた。

「い……痛ッ」

 何かが岩城の二の腕に食い込んでいた。

 それは重く、熱く、立ち上がれないほどの激痛。

 それがすっと退いたと思うと、再び、ガツン! という衝撃。

 次の瞬間、バランスを失い岩城の身体は反対側に倒れた。

「これどうしようかしら。ちょっと前まではこの島ではご馳走だったらしんだけど」

 振り返ると、ミサキが人間の腕を持っていた。

 岩城がそれを自分の左腕の肘から先だと理解するのに数秒かかった。

「え……え……あああああ!」

 恐怖よりも取り戻さなければ、という意識が本能的に働き、岩城はミサキに飛びかかったが、ミサキのもう片方の手に持っていた血塗れの斧を突き出され、岩城の身体が停止した。

「さあ、逃げて。ゲームをしましょう。逃げ切るか私を殺したらあなたの勝ち」

 ミサキがそう言い終わる前に岩城は部屋を飛び出した。

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