第8話 ヤンキーのおまじない
――俺……?
雪路のスマホの待受画面に俺が映っているように見えたが、確信を得る前に消灯してしまった。
今朝の大夢との会話が頭をよぎる。
待受画面、恋のおまじない。
俺は自分のスマホを鞄から取りだして電話をかけた。雪路のスマホが再度、震動する。
点灯した待受画面に表示されたのは、やはり俺の写真だった。
いつ撮影されたものか記憶にないが、背景を見るかぎり中学時代、地元で撮られたものだろう。
画像のなかの俺は笑っていた。
電話を切る。
「すー……、ふー……」
いや、これはあれだ。ホームシック的なやつだ。中学時代を懐かしんで、みたいな。きっとそう。
ちらとペンケースに目を移す。
――そういえば、さっきの消しゴムに書いてあった文字……。
ケースから少しはみ出た部分、『湊』の頭のところっぽくなかった?
「いや、まさかそんなっ」
でも、しかし――。
俺はおもむろにペンケースを開く。
――これは、違う。俺の勘違いであることを確認するためであって、べつにやましい気持ちは微塵も……。
震える指で消しゴムをつまみ、ゆっくりとケースから引き抜く。
『湊』
『人』
「すぅぅぅ……」
俺の名だ。しかし待て、まだ文字がつづいている。もしかすると下におまじないを打ち消すような文句が書かれているかもしれない。
――『しばく』であれ……、『しばく』であれ……!
こんなにしばかれることを願ったのは生まれて初めてのことだ。
――お前は恋のおまじないなんてするキャラじゃないだろ。ヤンキーならヤンキーらしくあれ……!
一気に引き抜いた。そこに書いてあったのは――。
『愛羅武勇』
――『
とてもヤンキーらしい、愛の告白だった。
「ふぅぅぅ……」
消しゴムを仕舞い、ペンケースを元の位置にもどす。そしてテーブルに肘をついて指を組み、俺はうなだれた。
落ち着け俺。まだ分からない。雪路が俺を好きな確率は、客観的に見て八十パーセントくらいだろう。
ということは、だ。二十パーセントは勘違いである可能性もあるわけだ。
今までのことを思いだせ。勘違いであることを補強する雪路の言動はなかったか。
――中学時代、最後に会ったとき、雪路は寂しそうな様子だった。すぐ『嘘だよヴァアアアカ!!!』なんて否定していたが、あれが実は本心だったとしたら……。
いや、違う、馬鹿。これは好きな確率を上げる言動だろうが。
――じゃあ最近はどうだ。再会した雪路は俺に抱きついてきた。あんなふうに喜びを表すのはまちがいなく……。
これも違う! どんどん好きな確率が補強されてるじゃないか馬鹿。
おかしい。探せば探すほど雪路が俺を好きとしか思えなくなってくる。確率はもう九十パーセントを超えてしまった。
――待てよ、じゃああの言葉も……。
別れの間際、かぼちゃ姫が現れるのを夢見る俺に雪路は言った。
『まあでも、現れるかもな。――三年後くらいに』
あのときはいい加減なことを言っているだけだと思った。しかしこうは考えられないだろうか。
『清楚でおしとやかな女の子と付きあいたい俺のために雪路はお嬢様が多い高校に進学し、自分自身を清楚でおしとやかに変えようとした』
そして高校を卒業してから再会する計画だった。故に『三年後くらい』。
なのに同じ高校に通うことになり、『お前のせいで予定がくるっちまった』。
辻褄が合ってしまう。
どどど、と心臓が胸を叩き、どっと身体に汗が噴きでた。
俺の感情は否定したがっているが、理性が肯定している。
確率はもう、ほぼ百パーセントだと。
「悪ぃ、待たせた」
「ひぁああい!?」
いきなり背後で雪路の声がして俺は悲鳴をあげた。
「ゆ、雪路か。どうした」
「消しゴムを買いに行ったんだろうが。ほら」
と、真新しい消しゴムを寄越した。
「あ、ありがとうございます」
「? なんで敬語なんだよ」
まずい。動揺のあまり言語中枢がいかれてる。
「それと――」
琥珀色の液体が注がれた紙コップを置く。
「十七茶。ノンカフェインのやつ。お前、カフェイン苦手だったよな?」
「あ、ああ、うん」
「き、気が利くだろ?」
「そ、そうだな、ありがとう」
「へへっ」
と、はにかむ。
俺は思わず目を逸らした。まともに目も見れない。
「よいしょっと」
雪路はイスに腰かけた。
俺の隣の。
「な、なななんだよ。お前、向かいの席だろ」
「こっちのほうがいいだろ」
「なにが」
「勉強を教えてもらうんだし、近いほうが」
「ま、まあそうだけど」
「それに――」
俺の顔を覗きこむようにして言う。
「このほうがドキドキするだろ?」
「っ!? してねえ!」
「なにキョドってんだよ。ゼミだよ、ゼミ」
「……へ?」
「勉強も教えてもらえるし、女に慣れる練習もできるし、一石二鳥だって言ってんだよ」
「あ、そ、そういう……」
「湊人、もしかして――」
雪路は悪戯っぽい笑みを浮かべ、肩に肩をくっつける。
「あたしの魅力にどぎまぎしたか?」
「!!」
その仕草、その表情。まさに俺のストライクゾーンど真ん中だった。
胸が高鳴ると同時に、俺のなかでアラートが鳴り響く。
それは『強い女への忌避感』。そのおかげでどうにか俺は冷静さをとりもどした。
「……馬鹿なこと言ってないで、勉強に集中しろ」
「ちぇっ、分かったよ」
雪路はぶすっとした顔で教科書に向かった。
俺は彼女に気づかれないよう静かに安堵の吐息をする。
しかしその後は完全に集中力を欠き、課題はまったく進まなかった。
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