黎明のスレイヤー【読み切り版】

祇園ナトリ

壱話 視えざる者は牙を剥く

 崩れかけた石造りの建物。それに絡み付く数多の蔦。そんな今の人類が見慣れた風景がぐにゃりと歪んで、小さな化け物がわらわらと現れ始めた。


 その名は「オニ」。かつて「ニホン」と呼ばれていた小さな島国で突如発生した、不可視の化け物。最初はニホンのみで猛威を奮っていたが、やがてニホンの人口が少なくなると、世界中へとその魔の手を伸ばし始めた。

 そんなオニ達に対抗する為に、不可視のオニを視る力を備えた人々が現れた。彼らは残された人々を守る為に武器を取り、いつしか一つの組織として活躍をし始め「オーミーン」と呼ばれるようになったのであった。


 そしてオーミーン発足から幾百年が過ぎた今。現れたオニを討伐する為に建物の間を駆け抜ける人影たちもまた、オーミーンに所属する隊士たちなのである。

 人影は三つ。先頭には小柄な少女の影、それに続く長身の男性の影。そして、最後尾を走る少年の影だ。


 三人がある程度オニへと近付いた瞬間、不意に小柄な少女の姿がパッと消える。その少女は瞬時にオニのすぐ側の宙に現れると、クロスさせた両方のから、まるでカゲロウの羽の様な剣を生やして思い切り周囲を薙ぎ払った。言うなればまさにソニックブームだ。その一撃で、歪みから次々と現れ進軍を始めていた全長一メートル程の小型オニの何割かが、あっという間に消し飛んだ。


「これぞ私の必殺! キリステゴメンと言うやつです!」


 少女の形をした人影はスタッと見事に着地をすると自信満々に言い放った。周囲には消滅したオニが落とした呪力結晶が落ちていて、キラキラと光を反射して輝いていた。


 満足そうに笑いながら両手の剣を消す彼女の名は、バレッタ。時空という己を加速させたり、逆に鈍化を施したりが出来る特殊な属性を扱える為、齢十五にして戦場に出る事を許可されている天才少女なのである。


 そんな自信満々に胸を張るバレッタの後方に、運悪く歪みが発生した。現れたオニがバレッタへ奇襲をかけようとするが、彼女は戦果に満足して気を抜いるのか全く気付いていない。


『おや、バレッタさん、油断はいけませんよ』


 瞬間、バレッタに飛びかかろうとしたオニはパシュッと言う狙撃音と共に凍り付き、パラパラと崩れ去っていく。彼女はインカム越しに聞こえてきた声に驚き、振り向いて、いつの間にか発生していた歪みを見てもう一度驚いた。


「ご、ごめんなさい、シルヴィオ隊長……!」


 バレッタは慌てて、こちらへ向かってくる長身の男性へと頭を下げた。二つに結われた彼女の白銀の髪が同時にぴょこんと揺れる。


「いいえ、次から気を付ければ良いだけの話です」


 手にしたライフルの変形レバーを引き、大鎌を展開させながらそう優しく微笑むのはシルヴィオだ。「銀嶺のシルヴィオ」という二つ名で知られる通り、氷属性の特殊効果を纏った攻撃を得意とするオーミーンでもエリート中のエリート隊士だった。


「ヴィオさーん、バレッタちゃーん、ブッぱなすからどいてくださーい」


 そこへ、何処かやる気の無さそうな声が一つ。その声が発した言葉の内容に、シルヴィオとバレッタがギョッとしたように振り向けば、一人の少年がマシンガンを構えながら走ってくるのが見えた。


 二人が慌てて飛び退くのを見届け、何の躊躇も無く砲撃を始める少年の名はジェノ。得意とされる属性は持たないものの、その代わりほぼ全ての基本属性を扱える実力派ルーキーだ。

 ドガガとマシンガンが発砲される大きな音と共に、オニたちの断末魔が辺り一帯に響き渡った。発砲の反動で、彼の首元に下げられた紫のゴーグルが小刻みに揺れる。


「……あれ、弾無い」


 初めは調子良く雑魚オニを一掃していたジェノであったが、不意にその音が止み、代わりにカチカチと弾切れである事を証明する音が鳴って彼はムッと半眼になった。


「はぁ面倒くさ……もういいや。喰らえ必殺、ジェノタイフーン」


 ジェノは軽く空を仰ぎながらその手に持った銃を槍へと変形させ、ブンブンと振り回しながら小型オニの群れへと突っ込んでいく。必殺技と称しているものの、その技名はなんとも安直だ。自身の名を付ける辺りジェノにはネーミングセンスというものが無いらしい。


「なんとまぁ安直なネーミングセンスで……」


「ジェノせんぱーい! あんまりやりすぎるとあっという間に呪力無くなっちゃいますよーっ!?」


 そんなジェノに対してシルヴィオは困った様に微笑み、バレッタは焦った様に声をかけた。

 呪力と言うのは、オーミーンの攻撃手段でもあり防御手段でもある、オニに対抗する唯一の力だ。もちろんこれが尽きてしまえばオニと戦う事は一時的に不可能になる。その為、同じく呪力頼りのバレッタは呪力の使いすぎの心配をしているのだが、元々呪力の量が多いジェノにとってはそんな心配は無用なのであった。


『おぉ、絶好調やなぁジェノ君。そのままの勢いで乗り切ってぇな!』


 そうしてシルヴィオとバレッタがジェノを見守る中、イヤホン越しに朗らかな女性の声が一つ。

 彼女の名はアヤメ。まだ若手に分類される様な年齢だが、敏腕オペレーターと呼ばれる程の状況把握能力と知識を併せ持つ、優れたオペレーターなのである。彼女の独特な言葉遣いは、かつてニホンに存在していたと伝えられているホーゲンというものの一つだ。


『よしよし、その感じや! もう少しで……っ!? 待ちぃ、何かヤバいのが来よる!』


 シルヴィオとバレッタも援護に加わり、もう少しでオニを殲滅できるという所で、けたたましい警報音と共に緊迫した様なアヤメの声が聞こえてくる。

 レーザー弾を生成し援護をしていたシルヴィオは、ハッと手を止めてアヤメの指示に集中した。彼の紫紺の瞳が鋭く細められる。


『この反応……中型のネームドや! 気ィ付けぇ、前方の建物、二階から来よる! 各自迎撃用意!』


 一瞬動揺を見せたものの、アヤメはすぐに落ち着きを取り戻し、即座に完璧な指示を飛ばす。シルヴィオは了解と短く答え、個数を減らしていたレーザー弾を再展開した。バレッタもそれに続くように、今度は短い双剣を構えて体勢を整える。


「……え? アヤメさん何てった?」


 ところが、あれでもかなり呪力を使うらしい必殺技の展開に集中していたジェノは、アヤメの言葉を聞いていなかったようだった。ハッとした彼が慌てて聞き返すも、もう遅い。


「っ! ジェノ君! 上です!」


 シルヴィオが鋭く警告を飛ばすと同時に、カカカと脚と地面がぶつかる様な音が聞こえ、倒壊しかけていた建物の窓から中型のオニが飛び出してきた。無論中型と言えど人の身長は優に超えている。


「んなっ……中型!? やべっ……どわぁっ!」


 ジェノは丁度そのオニの着地点にいた。咄嗟に手にしていた槍を盾に変形させガードしようとするが、あまりにも焦っていた為か誤って銃へと変形させてしまい、アッサリと弾き飛ばされた。


「ジェノ君!」


「っ……すいません、油断しました。平気っす……っはは、やってくれるじゃねぇすか……!」


 ジェノは弾き飛ばされたものの上手く受身を取った様で、すぐ様軽く頭を振りながら立ち上がった。平気と答えるその顔には、何処か好戦的な笑みが浮かんでいる。彼は強敵には燃えるタイプなのだ。


『あれは……ツチグモ!? 有り得やん、レアもんや……! あぁちゃうちゃう、危険度はAオーバーやで、絶対逃したらアカンよぉ!』


 現れたのはツチグモと呼ばれる、約三メートル程はある大きな蜘蛛型のオニであった。

 インカムの向こうでアヤメが息を飲む音が聞こえる。一見優秀なオペレーターに見えるが、彼女は生粋のオニオタクという一面がある。その為珍しいオニが現れるとテンションが高揚するのだが、今回は急襲と言うこともあって瞬時に冷静さを取り戻した。


 ジェノを弾き飛ばした大蜘蛛はカタカタと半分機械化した足を動かし、ギチギチと嫌な音を鳴らしながら右へ左へと這い回る。虫が苦手なバレッタは、うへぇと舌を出して嫌そうな顔をした。


「来ます! 構えて下さい!」


 大蜘蛛が耳障りな金属音で吼えるのと同時に、シルヴィオはその場の全員に号令をかけた。


「了解!」


「了解っす……ん、あれ? 変形しない……!?」


 シルヴィオとバレッタが迎撃体勢を取る中、ジェノだけが攻撃を受けた時に変形させたままのマシンガンをガシャガシャと言わせていた。どうやら先程ガードした際に、何処か内部をおかしくしてしまったらしい。


「てやぁっ!」


 そんなジェノの様子には気付かず、バレッタは自慢のスピードを活かして大蜘蛛の足元へと飛び込んで行った。


「足の攻撃を誘って下さい、バレッタさん! ダウンを狙います!」


 シルヴィオは周りにレーザー弾を展開し、バレッタへと指示を飛ばしながら追従した。


「はい!」


 短く返事をしたバレッタが素早い動きで撹乱し、蜘蛛の前足攻撃を誘う。苛立った様な大蜘蛛がバレッタを潰そうと前足を上げた瞬間、シルヴィオのレーザー弾がその足を焼いた。シルヴィオ本人も、ギィと声を上げて後ずさった黒い巨体へと追撃をかける。彼が大鎌を振り上げれば、焼け焦げた大蜘蛛の前足が吹っ飛んでそれはダウンした。


「ジェノ君!」


「ジェノ先輩っ!」


 シルヴィオとバレッタが叫ぶのは同時だった。ジェノは焦った様な顔を上げる。ダウン状態の無惨な大蜘蛛と変形しないマシンガンを交互に見つめ、やがて彼は半ばヤケクソの様に叫び声を上げた。


「あぁぁもう! こなくそぉぉぉッッ!」


 ジェノは加速を付けて高く跳躍した。その勢いで武器を変形させるレバーを思い切り引けば、ガキンと嫌な音が鳴り響いてようやくマシンガンは槍へと姿を変える。


「これでッッ! 終わりっすよぉぉッッッ!」


 やっとの事で変形した槍を振り上げながらジェノは叫ぶ。まさに一閃、彼の全体重をかけた槍は深々と大蜘蛛の巨体へと突き刺さり、それは耳をつんざく様な断末魔を上げた。


『……中型の生命反応、消失! お疲れさん、よう頑張ったなぁ!』


 アヤメが安堵した様に報告するのと同時に、横たわった大蜘蛛の亡骸がボロボロと崩れていく。ジェノの突き刺した槍も支えを失った。アヤメの労いの言葉を聞きながら、無事に着地したジェノが振り向けば、先程まで蜘蛛がいた場所にまるで宝石の様な呪力結晶が落ちていた。


「……ふぅ、お仕事終了」


 ジェノが呟くのと同時に、三人の腕に付けられた端末から呪力低下を表す警告音がビーッビーッと鳴った。


「おや、どうやらギリギリであった様ですね……急いで帰投しましょう」


 呪力低下状態での交戦は危険だ。冷静なシルヴィオの言葉にジェノとバレッタは頷くと、三人は即座にその場を離れていくのであった。

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