第4話 皇帝は命令を下す
「くそう」
締め出しを食らった
油断していなかった、といえば嘘になる。何せ十年ぶりのあたたかい食事だ、腹が満たされ良い気分で少しだけ警戒が緩んでいた。
おまけに全身痛いし、丸一日川を流されたせいで体が芯から冷え切っていた。罠だとわかってて
天は俺を生かしてくれた。
あの時の紫乃はまるで天の使いのようであった。
冷ややかな態度と
「まるで
ポツリと呟き、それからうむうむとしきりに頷いた。
「全く
「何が僥倖ですと?」
はっはっは、と笑いながら歩いていると木の上から声が降ってきた。遅れて人が降ってくる。
「おぉ、
黒い着物に身を包んだ男を流墨と呼び、
「全く……わざわざ敵方の罠に飛び込んでいったかと思えば、案の定殺されかかってしまったじゃないですか。私がこの二日間、どれほど探し回ったと思っているんですか」
「すまんすまん」
「陛下が死んだとあっては、国が荒れます。もっと御身を大切に考えなされませ」
「
「陛下のお考えが柔軟すぎるのでございます」
「ここまで主君に意見する
大股で歩く
何せ罠だと知っててハマりに行く
崖から落ちた時だって、助けに行こうとする
「時に、
「何でしょうか」
「この
「……この秘境に、人が?」
「紫乃のおかげで一命を取り留めた。俺は、あの娘が欲しい」
「それはまた……とうとう陛下にも春がやって参りましたか」
「そうかもしれない」
アッサリ認める
「まあ、聞け
そして凱嵐は助けられてから締め出しを食らうまでのいきさつを話して聞かせた。
「成程……山の掘建て小屋に住みながらも、鰹や昆布で出汁を取り、目にも美しい料理を作る娘ですか」
「あぁ」
「確かにただの田舎娘ではなさそうですね」
この国の民は、日々の食事でいちいち出汁を取ることなどしない。切った野菜を鍋で茹で、塩を振って食べるのがせいぜいだ。おまけに
「一汁三菜……通常、庶民であれば一汁一菜がせいぜいなはずです」
「だろう? しかも紫乃は、
「どちらも贅沢品……一度の食卓に出すことはまずあり得ませんが、陛下に気遣ったのでは?」
「それなら俺を
「まだあるぞ」
「なんでございましょう」
「…………」
凱嵐は紫乃が猫又を従えていた事を言おうとし、口をつぐむ。
古来より
しかし、本当にあの娘が猫又妖怪を従えていたのだとすれば、事態はかなり厄介だ。
首を振り、凱嵐は「なんでもない」と言ってから言葉をつづける。
「ともかく、只者ではないと言えよう。よって
「ですが、陛下の御身は」
「俺は平気だ」
会話をしながら歩いていると、いつの間にか山を抜けて
ーー今代皇帝のみに仕える軍、
「陛下!」
「今代陛下!」
皆が一様にこちらを見て、膝をつき地面へと首を垂れた。平伏の所作に
「ご無事で何よりでございます。帰りをお待ちして申しておりました。今回の事件の首謀者は、すでに陣中に捕らえております」
「よくやった」
鷹揚に頷いた凱嵐は、兵を見渡す。
「全員捕らえているか」
「それが、未だ二人ほど山中で逃げているようで捕らえられておらず」
「すぐに探せ。俺は
「はっ」
蒼軍大将の案内に従い、張られた
やがて最奥に位置する場所に、縄で括られ地面に転がされている人物が一人。
「空木」
「くっ……
巨躯の空木は頭から血を流しながらも憎々しげな顔つきで凱嵐を見据えている。
「鷹狩りに誘われた時から、お前の仕組んでいた罠には気がついていた。そんなにこの俺を皇帝の椅子から引き摺り下ろしたいか」
「ぬかせ!」
空木の鋭い眼光もなんのその、凱嵐ははぁ、とため息をつくとしゃがんで目線を近づける。
「お前も馬鹿な男だな。
「元妃様は何も関係ない。儂が勝手にやった事だ」
「そうか。それはこの後の調べではっきりするだろう」
言って凱嵐はそれ以上の興味を示さず、立ち上がった。
「見張りを絶やすな。決して逃すなよ」
「はっ」
幕の外に出た
「お疲れ様でございます」
「これで白元妃の尻尾を掴めると良いのだが」
「きっと上手くいくでしょう」
その慰めに、凱嵐は内心でどうかな、とこぼした。先代陛下の妃、白元妃は手強い。宮中に数多の手駒を持ち、
皇帝になって十年。国の外にも中にも未だ凱嵐の敵は多い。
「陛下! 今代陛下!」
「どうした」
と、そこに慌てたように飛び込んできた一人の兵。右腕からは血を流しており、鎧の至る所がボロボロであった。凱嵐が目を向けると、重傷でありながらも膝をついて地面に額を擦り付け礼の姿勢をとり、大声で言う。
「恐れながら申し上げますーー
「!!」
心当たりのありすぎる人物像に、
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