第87話:新たな仲間

 鍵がかかっていない工房に疑問を抱いた私は、扉を開けてみると――。


「ダメですよ! それはミーアさんが納品するポーションの材料ですから」

「リオンちゃんは相変わらず頭が固いのね。ちょっとくらい使ってもバレないのに」


 状況が一切飲み込めない私は、いったい扉を閉める。


 ふぅー……。いや、どういうこと!? なぜかヴァネッサさんがポーションを作ろうとしているし、臨時だったはずのリオンくんが戻ってきているんだけど!


 もしかしたら、書類作成の残業で疲れが溜まっていて、幻聴を見ただけかもしれない。うんうん、そうに決まってる。


 次はもう大丈夫、そう自分に強く言い聞かせて、もう一度、扉を開ける。


「薬草は植えたら生えてくるんだから、使っても減るものじゃないわ」

「減りますよ! 使えば使うほど減るものですから!」

「もう……。リオンちゃんには口を酸っぱくして教えたでしょ。素材は使いたい時に使うものだって」


 呆気に取られた私がジーッと二人を見つめていると、ヴァネッサさんと視線が重なった。


「勝手に人のものを使っちゃダメよ、リオンちゃん」

「全部聞いてましたよ、ヴァネッサさん」


 誤魔化しきれないヴァネッサさんが、てへっ、と舌を出しただけで許されるのは、さすがに納得がいかない。


 ここはクレイン様が管理する宮廷錬金術師の工房であり、今は助手である私が守る立場なのだ。


 不法侵入して、勝手に錬金術をしてもいい場所ではない。


「どうして二人がここにいらっしゃるんですか? いくら親しい仲であっても、勝手に工房内に入るのは――」

「俺が新しく雇ったんだ」


 唐突に男性の声が聞こえて驚いていると、奥からクレイン様がやってくる。


 どうして休養中なのに出勤しているのか聞きたいし、出勤するなら謁見の間の付き添いをお願いしたかった。


 でも、何よりも気になるのは――。


「や、雇ったって言うのは……ハッ!」


 ま、まさか……。ゼグルス様が言っていた、部下の旅立ちって!


「正式なスタッフの一人として、リオンは俺の工房で働くことになった。これからはポーションの研究に必要な付与業務を担当しつつ、力の腕輪を開発してもらう」


 あまりの急展開に頭が混乱するが、クレイン様の言い分に納得した。


 浄化ポーションのような上級ポーションを作る際、付与を専門にしている人がいると心強い。ポーションの品質を高めるという意味でも、リオンくんの力が必要になってくるだろう。


 今回の依頼みたいな地質調査でも頼りになるし、仲間が増えて賑やかな工房になるのは、素直に嬉しい。


 事前に一言くらい相談してくれてもよかったのに、と思うところもあるが、深く追及するつもりはなかった。


 クレイン様とゼグルス様が言い合いもせず、穏やかな話し合いで解決したとは思えない。リオンくんを含めた三人が納得したのであれば、私は首を突っ込まない方がいいだろう。


「引き続きよろしくお願いします、ミーアさん」

「こちらこそよろしくお願いします、リオンくん」


 改めてリオンくんと挨拶を済ませると、その後ろで勝手に薬草を調合しようとしている人物に目がいってしまう。


「で、ヴァネッサさんはどうしてこちらに?」

「リオンのおまけでついてきた悪霊みたいなものだ。しばらくの間、ここに居座って錬金術をするらしい」

「えっ。でも、ヴァネッサさんは錬金術ギルドのサブマスターですよね。こんなところにいてもいいんですか?」

「俺も確認したんだが、正式にギルドマスターの許可が下りていた。錬金術ギルドのサブマスターと兼任して、錬金術師に戻るみたいだぞ」


 そっか。ヴァネッサさん、錬金術する気になったんだ。破邪のネックレスの未練がなくなったら、戻ってこなくなるかもしれないって不安だったけど、心配いらなかったみたいだ。


 むしろ、心配する必要があるのは、自由気ままに過ごすヴァネッサさんの方ではなく――。


「今のうちにーっと……」

「あっ。ヴァネッサ様、勝手にポーションを作ったらダメですって」

「シーッ。まだバレてないわ」

「絶対にバレてますから。怒られても知りませんよ、もう」


 もはや、どっちが年上か年下かわからない。ルンルン気分でポーションを作り始めるヴァネッサさんと、大きく肩を落とすリオンくんは、とても対照的だった。


 でも、どことなく世話を焼いているリオンくんが嬉しそうに見える。本来の師弟関係を取り戻して、楽しく錬金術に取り組めるのであれば、それはそれでいいと思うけど……。


 こっちの師弟関係にも問題が発生している。


「で、どうしてクレイン様が働いているんですか!」

「数日休んでいる間に治った。人の治癒力とは侮れないものだな」

「嘘をつかないでくださいよ! ちょっと作った書類を見せてください」

「助手に見せるようなものではない」

「いいですから! ……字、めっちゃ震えてるじゃないですか!」

「元から字が汚いだけだ」


 これがリオンくんの言っていた、男の意地というやつだろうか。痛みをやせ我慢しているだけだから、あまり持たないと思うけど、怪我が長引かないか心配で仕方ない。


 ある程度やらせてあげた方がいいのかなーと思っていると、ポーションを作り終えたヴァネッサさんが駆け足で近づいてくる。


「見てみて、ミーアちゃん。ポーションができたわよ」

「……うーん、品質の良いポーションですね。なんかちょっと悔しいです」

「見直しちゃった? これくらいのことなら、いつでも手伝ってあげられるわよ」


 パチッとウィンクを決めてくるヴァネッサさんには、後で片付けるまでが仕事だと教育しておこう。


 慣れた手つきで掃除するリオンくんにも、代わりにやらないように言っておかないと。


 でも、先に気になることを聞いておきたい。


「どうしてここで錬金術師にやろうと思われたんですか?」

「ミーアちゃんが言ったんじゃない。ネックレスを作れって」

「た、確かに、言いましたけど……」


 こんなにも早く戻ってくると思わないし、クレイン様の工房にやってくるとは思わないですよ。


「また錬金術ギルドの仕事が溜まっても知りませんよ」

「問題ないわ。今度こそギルドマスターに押し付けてきたから。それに、私はギルドに居ても居なくても変わらないもの」

「それはそれで問題だと思いますが」


 本当はクビにされたんじゃないかなーと心配していると、ヴァネッサさんがゆっくりと顔を近づけてくる。


「いろいろありがとう。いつかミーアちゃんに相応しいネックレスを作るから、もうちょっと待っててね」


 ……。相変わらず、唐突にお姉さんモードに入る人だな。こういう裏の顔を知っているから、リオンくんもついていきたくなるんだろう。


 早くネックレスを作ってほしい、と思うあたり、私は単純な人間だと自覚するが。


「もしかして、ヴァネッサさんはツンデレ系ですか?」

「私はミーアちゃんにデレデレ系よ」

「普通にごめんなさい」

「もう。照れ屋さんなんだから~」

「いえ、全然照れてないです」

「ほらほら、ポーションの納期が遅れちゃうわよ。ちゃんと下処理を見守ってあげるから、頑張って」

「そこは手伝ってくれるところですよね!?」


 何だか急激に騒がしくなったなーと思いつつも、広い工房の中でしんみり錬金術をするよりはいいだろう。


 逆に騒がしくなりすぎないか心配だけど、楽しかったらそれでいいかなーと、私は考えを改めるのであった。






―――――――――


『あとがき』


ここで第二部が完結となります。


続編については、プロットができていないので、現状は未定。今後のことが決まり次第、近況ノートを更新したいと思います。


ここまでの話を気に入っていただけましたら、下記にあるフォローやレビュー・★★★をいただけると嬉しいです!


今後の執筆活動の励みになりますし、この作品の展開を考える参考にもなりますので、よろしくお願いします!


また、同時期に公開している『家族に売られた令嬢は、化け物公爵の元で溺愛されて幸せです』も、もうすぐ第二部が終わりますので、よろしければチェックしてみてください。


https://kakuyomu.jp/works/16817330648474123609

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