第64話:調査依頼3

 地質調査を始めてから数時間が過ぎる頃。


 自分の仕事がない私は、浄化ポーションを片手に持ち、クレイン様とリオンくんの間をウロウロしていた。


 二人が険しい顔をしながら調査しているので、ちょっぴり声がかけにくい。作業の邪魔をしないように見学することしかできなかった。


 今日ほど見習い錬金術師だと自覚する日はないかもしれない。教えてもらえないと何もできないもどかしさに、息が詰まりそうな感覚を覚えている。


 もちろん、瘴気の浄化も立派な仕事ではあるのだが……。


「こちらより先の調査は控えてください。まだ安全が確保できていません」


 行動範囲を広げようとすると、周囲の安全を確保してくれる騎士に止められてしまう。


 さすがにこればかりは仕方ない。騎士団の野営地から離れた場所まで来ている影響か、魔物と瘴気の数が増えているのだ。


 安全に調査するためには、騎士の言うことを聞くしかなかった。


 こんなことで不貞腐れてはいけないのに……と思いながらウロウロしていると、クレイン様が近づいてくる。


「僅かに霧が出てきた。可能性は少ないが、魔物や瘴気の影響によるものかもしれない。いったん見える範囲の瘴気を浄化して、野営地に引き返すぞ」

「わかりました。リオンくんにもキリの良いところで作業を切り上げるように伝えてきます」

「頼む。俺は騎士に指示を出してこよう。もう少し広範囲に散ってもらわないと、浄化できる範囲が狭くなり、次回の作業に支障が出るからな」


 そう言ったクレイン様が騎士の方に駆け出して行ったので、私はリオンくんの元に向かう。


 すると、何やら異変を感じているのか、周囲をキョロキョロとしていた。


「リオンくんも霧が気になるんですか? 魔物や瘴気の可能性があるみたいなので、今日はこれで野営地に引き返すそうですよ」

「そうですか。このあたりの土に含まれる魔力がおかしいので、もう少し調査したかったんですが……仕方ありませんね」

「無理は禁物です。調査に区切りを付けて、見える範囲の瘴気を浄化してください。私は一足先に浄化してきますので」

「気を付けてくださいね。本当に自然発生した霧とは限らな――」

「わかってますって。クレイン様も同じことを言ってましたから」


 久しぶりに仕事をもらった私は、有り余る体力を使い、瘴気が見える場所に駆けていく。


 浄化ポーションをシュシュッとかけるだけだが、部隊に貢献できることが素直に嬉しい。事前準備を頑張ったとはいえ、現場で何もできないのはストレスでしかなかったから。


 せっかく国王様に護衛騎士も付けてもらったんだし、何かしらの成果を残さないと、合わせる顔もない。


 初めての調査依頼は見ていただけでした、なーんて報告したら、宮廷錬金術師の助手の地位が危ういだろう。


 もっと張り切って浄化しないと……! そう思いながら、徐々に活動範囲を広げていく。


 もちろん、年甲斐もなく気合いを入れすぎ、みんなとはぐれることもなく――と、思っていたのだが。


 後ろを振り返れば、挙動不審なリオンくんが遠くに見えるだけだった。


「危ない……。瘴気の浄化に精を出しているうちに、迷子になりかけたみたいだ。この辺の瘴気だけ浄化して、早くみんなの元に戻ろう」


 近くに見える瘴気に、浄化ポーションをシュシュッと振りかける。


 しかし、ここの瘴気は簡単に浄化できない。何度かシュシュッと振りかけないと、完全に浄化されなかった。


「あれ? このあたりの瘴気だけ濃くなってるのかな。じゃあ、この霧の原因って、もしかして……」


 急速に身の危険を感じた私は、首を横に振って周囲の状況を確認。すると、少し離れた地面に、何やら魔力が流れる変な模様を発見した。


 その時、私はクレイン様の言葉を思い出す。


『俺はミーアがとんでもないものを発見しそうで怖いと思っているぞ』


 こ、これが平民の間で話題のフラグ回収というやつか! まさか本当にこんなことが起こるなんて!


 だって、自然界に存在するには不自然すぎるものがあるんだもん! 絶対にあれ、儀式用の魔法陣だよ!


「ミーアさーん! どこですかー!」


 急に背後から大きな声がして、ビクッ! となった私は、リオンくんの元にダッシュで向かう。


「リオンくん、シーッですよ! シーッ!」

「うわっ! 急に出てこないでくださいよ!」


 必要以上に驚くリオンくんを見て、一つの疑問が思い浮かぶ。


 目の前から話しかけたはずなのに、まるで私が見えていないようだった。


「ここまでなったのは、明らかに変です。早く皆さんと合流しましょう」

「霧が濃く? 霧は薄いままですよね?」

「おそらくヴァネッサ様の破邪のネックレスが原因ですね。ミーアさんに及ぶ魔法効果を打ち消しているんでしょう」


 不穏なことを言われて、胸元のネックレスを見てみると、ボワーンと白く輝いていた。


「確かに、ヴァネッサさんのネックレスが光を放っています」

「僕も魔法の干渉を受けにくい結界石を持ち込んでいますが、この霧にはあまり効果がありません。特殊なアイテムを保有していない限り、ここまで来ることすら困難なはずです」


 そう言ったリオンくんは、ポケットの中からお守り袋を取り出し、中身を見せてくれた。


 ネックレスと同様に白く光る石が三つも入っている。


 これがリオンくんの言う結界石というものか。魔力を付与された形跡があるので、錬金アイテムの一つなんだろう。


 ほえーっと間抜け面で眺めていると、リオンくんがお守り袋の中に結界石を入れた。


「これ以上進むのは危険です。このあたりに何かある可能性が高いですから、いったん引き返しましょう」


 リオンくんと話すことはできても、一向に視線が合う気配はないので、本当に視界が悪いようだ。霧の影響を受けて、ほとんど何も見えていないに違いない。


 そんな彼にも魔法陣を見てもらおうと思い、破邪のネックレスの干渉領域に入れるため、私は彼と手を繋ぐ。


 その瞬間、バシッと目線が重なったので、リオンくんの視界もクリアになったことだろう。


 だから、私は言いたい。すでにフラグ回収していることを!


「落ち着いて聞いてください。もう見つけてしまいました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る