第62話:調査依頼1

 順調に馬車が進み、二日が経過する頃。街道付近に設置された騎士団の野営地が見えてきた。


 そこに到着して馬車を下りると、一人の騎士が出迎えてくれる。


「お待ちしておりました、クレイン殿。娘が世話になっております」


 まさかのお父様である。


 最近家で見ないなーと呑気なことを考えていたのに、まさか騎士を引退したはずのお父様が、現場の指揮を執っていたなんて。


 さすがに現役騎士であるお兄様まで一緒なんてことはないよね!? と周囲を見渡してみても、兄の姿は見られなかった。


 こんなところで家族面談が始まらなくてよかった……と安堵する私とは違い、クレイン様は堂々とした立ち居振る舞いを見せている。


 父と面識があるみたいで、取り乱す私を気に留める様子もなかった。


「ミーアには、こちらが世話になっているくらいだ。立場上は難しいかもしれないが、必要以上に気遣わなくても構わない」

「それはこちらの台詞にございます。娘がいる程度で、態度を変える必要などありますまい」


 なぜか顔合わせで険悪なムードが漂い始めて、現場に微妙な空気が流れてしまう。


 わざわざ私を令嬢扱いして、敬語を使わなくてもいいと配慮してくださったクレイン様に対して、お父様はそれを断固として拒否したのだ。


 爵位の差を考えると、クレイン様と同等の振る舞いを見せるなどあり得ない話かもしれないが、臨機応変に対応してくれてもよかったと思う。


 まさに融通の利かない父、頑固・オブ・頑固である。


「相変わらず不器用な人間だな」

「職務を全うするのみ。ただそれだけのこと」


 ただでさえ上司と父親が話しているだけで気まずいのに……、今までで一番空気が悪いっ! 同席している娘の気持ちにもなってほしいよ!


 思わず、私はクレイン様に軽く頭を下げた。


「すいません。融通の利かない父で」

「ミーアが謝る必要はない。貴族としては、ホープリル子爵が正しい」


 何を言われても微動だにしないお父様とは、仕事以外の話はできそうになかった。


 もはや、真面目なのか、無礼なのかわからない。ただ、普段から私と最低限の会話しかしない影響もあるため、これが普通とも言える。


 そんなことを考えている間に、早くもクレイン様とお父様が本題に入ろうとしていた。


「報告書には目を通したが、随分と瘴気が多いみたいだな」

「可能な限り調査できる範囲を広げたところ、まだまだ瘴気の被害が広がっていることを確認しております。このままでは、早い段階で魔物の繁殖が始まり、大規模な災害に繋がるやもしれません」

「やはり調査を続けるにしても、浄化作業を並行してやらなければ、平穏は保たれないか」

「おっしゃる通りにございます。こちらの準備を待ってくれるほど、魔物は甘くありません。薬草不足を補うためにも、一刻も早く瘴気を浄化する必要があるでしょう」


 真面目な話はちゃんとするんだなーと思いながら、二人の話を聞いていると、振り向いたクレイン様と目が合った。


「魔物の繁殖が進まないうちに、瘴気の浄化作業を始める。ミーア、リオン。騎士たちに浄化ポーションの使い方を指導してやってくれ」

「はい」

「はい」


 宮廷錬金術師の助手として、初めて外で仕事を与えられた私は気を引き締める。


 仕事場にお父様が偶然いたからといって、ヘラヘラ過ごすわけにはいかない。ミスをしないように、いったん仕事に専念しよう。


 お父様が現場の騎士に集合をかけている間に、私はリオンくんと手分けして、馬車から積み荷を降ろしていく。


 途中でその中身を確認しても、浄化ポーションが割れているような気配はなかった。


「品質にも異常は……なさそうだね。付属のスプレーも大丈夫かな」


 今回作った浄化ポーションは、使う時だけキャップを変えて、スプレーのように噴射するタイプのものだ。


 広範囲に瘴気が広がっている場合は、濃度が薄い傾向にあるので、こうして節約することを推奨している。


 私も今朝教えてもらったばかりだから、あまり詳しくはないけど。


 浄化ポーションの準備をしていると、続々と騎士たちが集まってきたので、早速リオンくんと二手に分かれて説明会を開くことにした。


「事前情報で瘴気が多いと聞いていたので、浄化ポーションを多めに持ち運んでいます。ですが、不足することを考慮して――」


 現場の状況を含めて、説明すべきポイントを簡潔にまとめて説明していただけなのだが……。


「以上になります。何か今までのところで、わからない点はありますか?」

「いえっ! 問題ありませんっ!!」


 現場にお父様がいる影響だろうか。私の話を聞くだけで妙にピリピリしていて、現場に重い空気が漂っている。


 思わず、説明を終えたリオンくんが小声で話してくるほどに。


「騎士の皆さん、今日は気合いの入り方が違いますね。いつもより迫力がすごいですよ」

「あははは……。もっと肩の力を抜いてくれた方が話しやすいんだけどね」


 もはや、この空気を浄化したい。いくら父が鬼教官だからと言って、娘の私にまで畏まらなくてもいいのに。


 そんな状況に陥っていることを気に留めないお父様は、呑気にクレイン様と会話していた。


「ところで、鬼神と呼ばれたホープリル子爵が現場に足を運ぶほど、騎士団は人手不足なのか?」

「いえ、異例の事態ゆえに、駆り出された次第です。王都周辺で大量の瘴気が発生するなど、今まで一度もありませんでしたので」

「だろうな。普通は人が住まない廃村や辺境地、戦争跡地で見られるものだ。自然災害と言い切るには、疑問を抱く」

「人為的な災害と言い切るにも判断材料が足りません。迅速に対応するには、老兵が現場に戻る必要があった、という陛下の判断にございます」


 思い返せば、騎士を引退したはずのお父様が現場に復帰するなんて、今まで一度もなかった。騎士団に怪我人が続出して、一時的に人手不足になった時でさえ、前線に復帰したことはない。


 ましてや、お父様は家族に知らせずに現場で指揮を執っている。それがお父様の意志によるものか、国の命令によるものなのか気になるけど……、聞いても教えてくれないだろう。


「近隣の魔物は駆除しておりますが、どこからともなくやってきます。騎士が護衛するとはいえ、十分に警戒してください」

「わかった。ひとまず、現地にいた騎士は浄化作業に専念してくれ。俺たちは周辺の調査に専念する」

「御意」


 雲行きが怪しくなってきたなーと思いつつ、私も浄化ポーションを手に取り、調査の準備を始めるのだった。

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