第45話:誤解

 翌朝、宮廷錬金術師の工房を訪れると、ポーションの研究に励むクレイン様の姿があった。


「ミーア。早速で悪いが、この試作品がどれくらいEXポーションに近づいたか、確認してくれ」

「わかりました。すぐに確認しますね」


 魔物の繁殖騒動に思うところがあったみたいで、クレイン様の研究魂にも火が付いている。


 まだ朝早いにもかかわらず、いくもの試作ポーションがテーブルの上に並べられていた。


 それらを一個ずつ手に取った私が、ご意見番として、品質を確認していく。


「うーん……。少し回復成分が多めに出ている程度で、どれもEXポーションには程遠い品ですね。魔力量が豊富に含まれている分、普通のポーションよりは有用だと思いますよ」


 本来なら、侯爵家であるクレイン様に対して、もっと言葉を選ぶべきだ。しかし、錬金術のことに関しては、変に気遣わずにビシッと言うようにしている。


 耳障りの良い言葉では、正しく伝わらないかもしれない。間違って伝わってしまえば、研究の足を引っ張る恐れがある。


 特に、EXポーションのような特殊なものを研究するなら、なおさらのこと。


「結論を出すにはまだ早いが、やはり調合領域と形成領域を同時に展開しないと、EXポーションはできそうにないな」

「きっと特別な領域に変換されるんでしょうね。オババ様が、神聖錬金術で作るもの、と言っていましたし」


 悪魔の錬金術師と呼ばれたオババ様しか知らない、神聖錬金術。あの不思議な感覚と未知の錬金術のことが、ずっと気になっているのだが……。


「その肝心のオババが、詳しいことを教えてくれないがな」

「そうなんですよね。いつもはぐらかされてしまいます」


 ひねくれ者でもあるオババ様が、素直に聞いて教えてくれるはずもない。


 錬金術の技術は、基本的に身内や弟子以外に教えることはないので、仕方ないと思うところはある。


 ただ、魔物の繁殖騒動で神聖錬金術を使っていた私にアドバイスくれたり、体を心配してくれたりと、親身になってくれていた。


 約束していた草餅を三箱持っていけば、必ず力になってくれる……そう思っていたのに。


 おいしそうに草餅を頬張るだけで、教えてくれる様子は見られなかった。


「オババ様のことですから、黙っていた方が面白そうだと思い、内緒にしているんですよ」

「間違いない。何か悪いことを企んでいなければいいんだが」

「必要以上に問いたださない限りは大丈夫ですよ。……たぶん」


 絶対に大丈夫、と言いきれないところが、オババ様の怖いところである。


 クレイン様もオババ様と付き合いが長いみたいで、そのあたりのことはよくわかっているみたいだ。


「現状としては、EXポーションの研究を進めて、様子を見るしかない。まだ薬草不足が続いていることを考慮すると、油断大敵とも言える。またミーアに負担をかけさせるわけには、いかないからな」


 そう言ってポーションを作り始めるクレイン様の姿を見て、アリスの言葉を思い出す。


『絶対に運命の神様のイタズラだよ。私は両者ともに脈ありとみたね』


 クレイン様が気にかけてくださっているのは事実だが、色恋沙汰で動くタイプとは思えない。


 でも、周囲の人々が誤解しているのも、また事実であって……。


「ポーションとは関係ないことを聞いてもいいですか?」

「どうした?」

「クレイン様はご結婚されないんですか? まだ婚約されてませんよね」


 決して、アリスに触発されたわけではない。なんとなく興味本位で聞いてみただけのこと。


 私とクレイン様は爵位が離れているし、今後の仕事に支障をきたさないための確認であって……。って、私は何に対して言い訳しているんだろうか。


 いったん落ち着いて、クレイン様の話に耳を傾けよう。


「興味ないな。親はうるさくなり始めたが、基本的に無視している」

「貴族だと、なかなかそうも言っていられないですよ。後継ぎの問題もありますし」

「王都で自由奔放に錬金術をする俺とは違い、弟が領地で真面目に勉強している。俺が結婚しなくても問題はない」

「あっ、弟様がいらっしゃったんですね」

「弟も妹もいるが、年が離れている影響で知らないんだろう。俺に似つかず、温厚で優しいやつらだ」

「そうですか? クレイン様も優しいと思いますけどね」


 錬金術に対して厳しいところはあるが、クレイン様は根が真面目なだけで、すごく気遣ってくれる印象が強い。


 宮廷錬金術師の助手に誘ってくれた時も、すぐに決断してくれたおかげで、円滑に婚約破棄が成立して――。


「あっ、珍しく失敗しましたね」

「今のはミーアが悪い。気が散った」


 いろんな人から天才だと称賛されているのに、褒められ慣れていないみたいだ。意外に照れ屋さんなのかな。


 きっとこういった私たちの姿を見て、二人でベタベタしていると誤解されているんだろう。


 クレイン様は気難しいで有名だし、今まで一人で工房を運営してきたから、些細なことで色恋沙汰だと間違われてしまうのだ。


 うんうん、そうに決まってる。絶対に間違いない!


 本当にクレイン様は誤解されやすい方なんだなーと、私は結論付けるのであった。

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