第30話:薬草を買い占めた者
再び薬草の買い出しにやってきた私は、馴染みの店に吸い込まれるように入っていく。
「オババ様。また薬草をください」
今朝も買い出しに来たばかりなのに、まさか同じものを買いに来ることになるとは。
もっと落ち着いて形成スキルの練習がしたい。でも、ヴァネッサさんの薬草依頼も助手の仕事もサボるわけにもいかなかった。
「どうしたんだい、そんなしけた顔をして。まさかポーション作りに
「逆なんですよ。うまくいきすぎた結果、ポーション作りの仕事ばかりが舞い込んでくるんです。肝心の形成スキルの練習時間が取れないんですよね」
ムスッとした私とは裏腹に、オババ様は呆れるように大きなため息を吐く。
「贅沢な悩みを持ってるんだねえ。そんなことを言うのは、あんたくらいだよ」
「否定はしませんけど、もうちょっとバランスというものがあってもいいと思うんですよ」
ついつい愚痴をこぼしてしまうが、オババ様の言う通り、自分が恵まれた環境に身を置いていることくらいはわかっている。
見習い錬金術師が仕事に溢れるなど、普通なら考えられないことだ。ジール様のときなんて、数年かけて実績を作り、ようやく錬金術ギルドからCランクの契約依頼の話をもらっていた。
それなのに、どうして私は錬金術ギルドに登録した初日で、Cランクの契約を結ばされたんだろうか。自分のことながら、サッパリわからない。
そんなことを考えながら店内を見渡していると、いつも薬草が置いてあるスペースが、珍しく空っぽになっていた。
「あれ? オババ様、薬草はどこにいったんですか?」
「自分の胸に聞いてみな。買い占めた犯人がわかるだろうに」
ギクッとしてしまうのも、無理はない。数時間前に大量購入しただけでなく、最近は何度もオババ様の店に足を運んでいるのだ。
ジール様の下で助手をしていた時に買いに来て、クレイン様の助手になって買いに来て、ヴァネッサさんに依頼をこなすために買いに来た。
ポーションを二・三十本納品する依頼ならともかく……百本単位で納品する大型依頼ばかり受けているのだから、買い占めたと言われても納得がいく。
私の言い訳でオババ様が納得してくれるかどうかは、別にして。
「まだ裏に在庫はあるがねえ、うちにも他に取引先がある。そんなに大量に買い込まれたら、さすがに店頭には並べられないよ」
「それは……すいません」
「もっと反省することだね。おかげで品質の落ちた薬草を高額で売り付ける商売ができなくなっちまったよ。イーヒッヒッヒ」
いや、そこは品質の良いものを高値で売ってください。わざわざぼったくる必要はありませんよ。
まあ、買い占めた私が言うのもなんですけど。
でも、そうなると困ったなー。最近はオババ様の店以外で薬草を購入していないから、他の店の状況がわからない。
「オババ様の店以外で、良さそうな薬草を取り揃えているところって、どこかありますか?」
「ありゃしないね。うちが一番に決まってるだろうに」
「そこを何とかお願いします。教えていただけたら、こちらのきな粉餅を差し上げますので」
さすがにこんな短期間で何度も買いに来ていたら、私も差し入れの一つくらいは持ってくる。
円滑な取引を進めるために行なう、貴族のルールみたいなものだ。当然、先方の好物くらいは、事前に把握しておくものである。
「イーヒッヒッヒ。あんた、よくわかってるね」
「社会経験がありますからね」
「ここまでしてもらったら、教えないわけにはいかない……と言いたいんだがね。今は本当にないんだよ」
「ん? どういうことですか?」
薬草不足に陥ることがあるのは知っているが、今はそんな時期ではない。
戦争中だったり、魔物が大量発生したり、日照りが続いたりしない限り、薬草は搬入されてくるものだ。
薬草専門の農園を持っている人もいるし、王都で薬草不足に陥るケースは滅多にないはずなのに。
「腕のない馬鹿な錬金術師が買い占めに走ったみたいでねえ、どこでも品薄なんだよ。こういうのは気づいた時には遅くて、今は取引に制限をかけてるくらいさ」
「ええー……。そんな目を付けられるようなことをしたら、周囲から反感を買うだけなのに。いったい誰がそんなことを」
「イーヒッヒッヒ。知らぬが仏というやつかもしれないね。大量に欲しいなら、冒険者ギルドで調達してきな」
冒険者ギルドか……。貴族担当のカタリナが辞めて、アリスが担当してくれているみたいだし、ちょっとくらいは顔を出してみようかな。退職して間もないから、ちょっと恥ずかしいけど。
すぐに冒険者ギルドへ向かおう……と思うものの、お土産を渡したとはいえ、オババ様の店は手ぶらで出にくい。クレイン様も他の素材でポーションの実験をしたいだろうし、良さそうなものは買っていこう。
「ミドルポーションの素材を少し買っていきます」
「イーヒッヒッヒ。本当にあんたはいい子だね。ほれ、これが一番良い素材だよ」
「……これは粗悪品です」
「そういうところは面白くないねえ。ちょっとくらいは引っ掛かってくれてもいいだろうに」
「私でぼったくろうとしないでください」
「情報料をいただこうとしただけさ」
オババ様は侮れないなと思いつつ、ミドルポーションの素材を購入して、冒険者ギルドへ向かうのだった。
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