第21話:悪魔の領域

 魔法陣で形成スキルの練習を始めて、三日が経つ頃。思ったように形成領域が展開できず、私は悪戦苦闘の日々を過ごしていた。


「なかなか難しいですね。細かい調整ができません」


 魔力を流しすぎるとグチャッと潰れるし、逆に魔力が少ないと硬くて加工できない。かといって、ある程度の魔力を流して魔鉱石とリンクさせないと、反応すらしなかった。


 それも、魔法陣の補佐があってのこと。自分の力だけで形成作業を行なうのは、なかなか難しいものだと実感した。


「最初はそういうもんだ。魔法陣の上で形を作れるようになっただけでも、十分に力を付けている」


 離れた場所でポーションの研究をしているクレイン様は、色々とアドバイスをしてくれる。


 でも、細かいところは教えてくれない。あくまで、魔法陣から学ばせる、という姿勢を崩さなかった。


「三日も練習を続けていたら、さすがに少しくらいはできるように……あっ」


 ちょっと褒められて調子に乗った私は、魔鉱石に魔力を流しすぎて、グニュッと潰してしまう。


 目の前の机に置かれたペンギンの置物を作りたい、その思いだけが先行して、失敗する回数が増えているような気がした。


「いきなり凝ったデザインを求めるな。まずは簡単な形に素早く加工させることを意識するべきだ」

「わかりました。自分で形成領域が展開できるようになるまで、ペンギンさんは諦めることにします」


 クレイン様に注意されたので、基礎的な技術を磨くことに専念しよう。魔法陣でできることには限度がある以上、やれることをやるしかない。


 魔鉱石の形を球体にしたり、三角形にしたり、四角形にしたり。単調な作業は詰まらないが、色々と学べることは多かった。


 たとえば、手前から奥に向けて魔力を流さなければ魔鉱石は加工できない、という法則が存在することだ。


 単純に魔力を多く流せばいいという問題ではない。形成できるように流さなければ意味がなかった。


 だから、単調な魔力操作しかできない魔法陣での形成領域の展開は、細かい作業ができないと納得する。


「形成のコツはつかめてきたんですけど、形成領域の展開がうまくできないんですよね」

「魔鉱石の形成に集中しすぎなんだろう。もっと視野を広く持ち、全体に流れる魔力を把握するべきだな」

「言いたいことはわかるんですけど、魔鉱石を触っている方が楽しくて、つい……」


 魔力を強く流し続けていると、硬い鉱物がプニプニとした感触に変わり、グニャッとなるのが不思議で仕方ない。


 他にはどんなことができるのかと、好奇心が高まり、形成領域の展開に集中できなかった。


「慣れてきたら、もっと色々なことができるようになる。魔法陣の上で形成作業を続けていたら、いつまでも見習い錬金術師から卒業できないぞ」


 そう言いながら近づいてきたクレイン様は、形成領域を展開して、机に付着した鉱物を取ってくれる。


 作業途中で飛び散った鉱物の破片に魔力が残っていると、その場で固まり、強固に付着してしまうのだ。


 魔法陣の上ならまだしも、形成領域を展開できない私には、そういった掃除ができない。助手なのに、かえって迷惑をかけているため、心苦しい気持ちだった。


「クレイン様は形成スキルを習得する時、どのくらいの時間がかかったんですか?」

「あまり覚えていないが、三日くらいだったな」

「そうですか。あまり比較するものではありませんね。私は今日で四日目なので」

「焦る必要はないが、ミーアは基本的な魔力操作が上手い分、もっと早くマスターすると思っていた」

「買い被りすぎですよ。普通にポーションが作れただけでも、自分がすごいと思うレベルですから」


 錬金術が好きであったとしても、必ずしも上手いとは限らない。


 今までポーションの下準備を継続してきたから、すぐにそれが作れるようになっただけのこと。


 普通に錬金術を学ぼうとしたら、クレイン様のようにすぐ習得することはないのだ。


 だって、見習い錬金術師になれただけでも、奇跡なのだから。


「俺はそう思わない。錬金術を楽しむのも才能のうちだ。ミーアのように純粋な気持ちで居続けることは、なかなか難しい」

「……それ、褒めてますか?」

「羨ましいとは思っているぞ。同じ作業の繰り返しが続く錬金術では、継続がものをいう世界だ。卓越した存在になる者は、錬金術に没頭していたと聞く」

「卓越した存在、ですか。その方はクレイン様よりすごいんですか?」

「比べ物にならないくらいには、な」


 思い返せば、私は錬金術が好きなだけで、この業界のことをほとんど知らなかった。


 歴史にしても、スキルにしても、他の錬金術師にしても。関わった範囲のことしか知らないし、知識もかなり薄い。


 なんだったら、クレイン様のこともよくわからず、ポーションを研究しているすごい人、という認識でしかなかった。


「参考までにお聞きしたいんですが、卓越した存在になった人は、どれくらいすごいんでしょうか」

「そうだな。この国の宮廷錬金術師にも、次元の違う錬金術と称賛された者が一人だけいる。【形成】と【付与】のスペシャリストで、自分の魔力を用いて様々な効果を付与し、優秀な魔装具を作り上げたそうだ」


 魔法の力を帯びた装備品、魔装具……!


 錬金術師の腕次第では、凶悪な魔物を滅ぼす魔剣も作れるという。あまりにも強力なアイテムであるため、一部の高ランク冒険者や階級の高い人間にしか手にできない高価な品だと聞いたことがあった。


 冒険者ギルドで働いている時、作れる人がいないかと何度か問い合わせをもらったけど、まさか宮廷錬金術師に存在していたなんて。


「そ、そんな人がこの国にいらっしゃったんですね。全然知りませんでした」

「残念ながら、今はその面影がない。魔装具や装備品を作ることもせず、のんびり老後を楽しんでいるところだ。知らなくても当然だろう」


 どうやら、今は作っていないみたいだ。そんな優れた装備品を作れたら、トラブルに巻き込まれやすいだろうし、気持ちがわからなくもない。


「た、たとえば……どんな感じの装備が作れるんですか?」


 でも、興味がある。一度でもいいから、魔装具を生で見てみたい。


「俺が見た限りでは、強力な物理攻撃でも受け止めるプロテクションや、魔法攻撃を反射するリフレクション、治癒力を高め続けるリジェネレーションがあったな」

「カ、カッコ良さそうですね……!」


 冒険者と付き合いの深かった私でも見たことがないのに。うぐっ、羨ましい。


「最初は誰もが目指す道だが、錬金術を深く知るほど、わからなくなってくる。形成スキル一つにしても、手で触れずに魔鉱石を溶かし、形を作り変えてしまうような人だ」


 魔法陣でコツをつかもうとしている私にとっては、完全に未知の領域でしかない。でも、魔鉱石を溶かす、という感覚はわからなくもなかった。


 高濃度の魔力を流す時、魔鉱石は限りなく柔らかくなり、グニャッと潰れる。経験から推測すると、その延長線上の技術なのかもしれない。


「話を聞く限りは、妖術みたいですね。その光景を目の当たりにすると、ちょっと怖いと思います」

「自分の魔力が影響を及ぼす範囲をコントロールして、形成スキルを発動させるだけだ。手でイメージした方が魔力を制御しやすいだけで、原理は同じこと。理論上では、できないことはない」

「えっ? じゃあ、クレイン様もできるんですか!?」

「あくまで理論上の話だ。そんなことができていたら、俺は今ポーションの研究をしていないだろう」


 目を閉じたクレイン様は、手を前にかざし、高濃度の魔力を集め始める。


「魔力を収束させ、高濃度の魔力に強化し、魔力領域を多重展開。その場を掌握するほどの絶対的な力でねじ伏せることから【悪魔の領域デモニックフィールド】とも呼ばれている」


 部屋の空気が張り詰め、魔力による干渉が行われ、肌がピリピリと感じた。


 しかし、工房内に変化が訪れることはない。机の上に置かれている魔鉱石も微動だにしなかった。


「まあ、俺がやっても何も起こらないほどの技術だな」


 果たして、本当にそうだろうか。まだ出力が足りないだけで、空間には干渉している。肌で感じるほど魔力が影響を与えているのなら、あながち間違っていない気がした。


 魔鉱石とリンクさせて形成するのではなく、心を持たない鉱物すら畏怖させ、絶対的な力で支配する。


 人智を越えた悪魔のような力が怖いだけで、無意識のうちに抑制しているみたいだった。


「ミーアはまず、魔法陣から卒業することを意識するんだな」


 この時の私は、すでに錬金術の世界に引き込まれすぎていたのだろう。クレイン様の声は遠のき、机の上に存在する魔鉱石しか見えていなかった。


「魔力を収束させ、高濃度の魔力に強化し、魔力領域を多重展開……」

「……ミーア?」


 空間を掌握するほどの絶対的な力でねじ伏せる錬金術。


 それが――。




悪魔の領域デモニックフィールド




 その瞬間、魔鉱石が弾けるようにバシャッ! と飛び散り、私は我に返る。


 しかし、あまりにも不自然に弾けた鉱物の姿を、ジッと眺めることしかできなかった。


 魔力の影響を受けた魔鉱石が液状化して、ポタポタと机から床に落ちていく。


 まるで、鉱物が恐怖に慄き、元の状態に戻れなくなってしまったみたいだった。

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