第14話 溺れる男

 新しい年を迎えても、俺に限って言えば特段何の感慨も無かった。仕事は自宅で済ませるし、外出して誰かと合う訳でも無い俺にとっておよそ世間のイベントは余り関係が無かった。


 そんな俺が、正月らしく雑煮を作っていた。しかも自分の分だけでは無く他人にも振る舞っていたのだった。


「うわあ。雑煮なんて何時ぶりだろう。私、餅は堅めが好きなのよね」


 少女は熱々の雑煮に何度も息をふきかけ、汁を啜っては箱からティッシュを掴み鼻をかむ。少女は相変わらず泊まりの客が取れない時に俺の部屋に転がりこんでいた。


 そして食事が一段落すると、自然に俺の隣に座り

俺の下半身を細い手で弄り始める。


「今まで我慢した分、いっぱい出してね」


 少女の唾液だらけになった俺のそれを舌で舐め回す。彼女はその普段の口調とはかけ離れた甘い声と吐息で俺を何度も果てさせた。


 少女とのその行為に当初俺は自己嫌悪に陥った。だが直ぐに欲望が嫌悪を凌駕し、少女の奉仕を俺は受け入れていた。


 否。それは奉仕活動では無い。少女にとっては宿を確保する為の必要な行動だったのだろう。性欲に飢えた寂しい男を自分の技術で沈黙させる事など造作も無い。彼女はそう確信していたのかもしれない。


「お兄さん。私を好きになっちゃ駄目だよ。死んじゃうからね。性欲処理する為の女だと思ってね」


 まだ十代とは思えない妖しい両目で俺を見つめ、男が興奮する言葉を小声で囁く。俺は少女の小さい口に文字通り黙らされた。

 

 一晩の宿の為に知り合って間もない男の精子を何度も飲む。俺は少女を淫乱な女だと思い込んだ。事実そう決めつけないと心の隙間に恋心が生まれる危険が生じるかもしれないからだ。


 少女の言う通り俺は彼女を性欲を処理する為の対象として見た。そうすればそうする程行為に興奮し

、彼女に対する要求がエスカレートしていった。


 少女は俺の欲望を全て受け入れた。時折漏れるその喘ぎ声は、演技とは思えないと俺を錯角させ興奮させていった。


「······君は。何故身体を売る仕事を?」


 初めて女の身体を知ったいい大人が無我夢中に欲望を吐き出した。その後にやってくる退廃的な倦怠感に任せて少女に問いかける。


 それは、我ながら呆れる程陳腐な質問だった。


「······お金がいるの。私さ。カナダに留学したいんだ」


 少女は掛ふとんで胸元を隠しながら、手を伸ばしコタツの上からミカンを一つ取る。


「······留学?」


「カナダにいるの。私の好きな人が」


 少女の親指がミカンに深く沈んだ時、柑橘の香りが俺の鼻孔を柔らかく刺激した。それは、軽やかな爽やかさでは無く、重く甘酸っぱい物に俺は感じていた。


 

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