今日から僕も探索者3
「ええと、バス乗り場は地下三階だっけ。わあ、食堂とかもあるんだ」
エレベーターの側にある案内板には色々な施設の名前が書いてあった。
それを眺めつつエレベーターのボタンを押して、他の階に停まっていたエレベーターが来るのを待ちながら、無くさない様に紙のカードを学生証のケースにしまい、タブレットも同じく鞄にしまって腕時計を左手首に付ける。
「地下三階っと」
到着したエレベーターに乗り込み地下三階のボタンを押す。
「使い方、大丈夫かな」
腕時計の使い方は、さっき簡単に説明を受けた。
口座紐付けと探索者の記録の出し入れが出来るし、探索者専用タブレットだけでなく自分のスマホとも連動できるらしいけれど、スマホを一応持っているものの連絡を取る相手がいないから目覚まし時計の機能の他はネットと動画を見るしか使っていない僕には無用の機能だと思う。
他の人なら一番使いそうな機能を、自分は使わないだろうと思うと何だか情けなくてため息が出てしまう。悲しい。
「エレベーターの振動苦手。えっ、ここ何? うわっ」
エレベーターが独特の振動をして停止しゆっくりと開いたドアから出ると、そこは建物の地下とは思えない景色が広がっていて、思わず後ずさりしてすでに閉じていたエレベーターのドアにぶつかった
「ビックリ、ドア閉まってて良かったぁ。あ、マズイまた独り言してるよ、僕」
独り言は治したくて仕方がない癖だ。
家でも学校でも話をする相手がいない弊害なのか、ついつい思っていることをそのまま口にしてしまう。
テレビを見てても勉強中も、ブツブツ言っている変な人間、それが僕だ。
「気をつけなきゃ」
気をつけようと考える側から独り言を口に出しながら、キョロキョロと辺りを見渡しバス乗り場の看板を探す。
地下とは思えない高い高い天井に、太い柱が何本も立っていて、建物の中なのに果てが見えないんだけど、ここ本当に建物の地下なんだよね、実はここ普通の地下じゃなく、ダンジョンだったりしないよね、って急に不安になる。
「迷ってまーすか? バス乗りまーすか?」
「えっ、は、はいっ。ええっ、もしかして迷キュー君っ! あ、あの、ええと都庁行きのバスに乗りたいです。あの、どこに行けば」
「おや? 声聞こえてまーすか? 確かに私は迷キュー君でーすが、ご存じなのでーすか?」
不思議な口調で尋ねてくる迷キュー君に、コクコクと驚きながら頷く。
だって僕に声を掛けてきたのは人ではなく、初代ダンジョンマスコット『迷キュー君』の姿をしたロボットなんだ。
僕が生まれるだいぶ前に、ダンジョンが地球上に確認され、一般人を探索者としてダンジョンアイテムと呼ばれる魔石や素材や肉等を集めると決まってすぐに、迷宮を管理する迷宮省が出来、その時マスコットのデザインと名前を一般公募したけれど、初代は人気が出ずに、すぐダンジョン娘軍団というものに変わってしまった為、今ではグッズも無くなってしまった気の毒なマスコットだ。
因みに形はゴブリンがデフォルメされた感じに作られている。
不遇なマスコットだけど、僕は初めてCMでその姿を見た時からずっと迷キュー君が大好きだった。
「都庁行きですね。ご案内致しまーす」
「ありがとう。わぁ、迷キュー君の声だぁ。本物に会えちゃった。写真一緒に撮りたいなあ」
またしても心の声がそのまま出ていると気付かずに、先を歩く迷キュー君の後ろ姿を見ながら一度もやったことがない自撮りをしてみたいとわくわくしてしまった。
「写真撮りまーすか」
「え、えええっ。いいの? 嬉しいっ」
会話がスムーズに出来るのは、今では当たり前の話らしい。
一昔前のロボットとは違い、現在のロボットは生きている人間同様の会話が出来るんだって聞いたことがある。
実際、病院の受付や、ファミレスのフロア業務なんかではロボットが大活躍してる。
そういうロボットが活躍してるのを見たり聞いたりする度に、技術の進歩が凄いと思ってはいても、会話できるのがこんなに嬉しいと感じた事は今まで無かった。
技術の進歩って凄い。
なんて考えながら、いそいそとスマホを取り出す。
今迷キュー君に会えたのは、専用バスを教えてくれた受付担当の山田さんのおかげだ。
山田さん、本当にありがとう。と心の中で手を合わせる。
「ええと、カメラ」
「探索者の腕時計を近付けて下さーい」
「え、これ?」
「目の前に、はい確認しましーた。名前は河野五花、おおっ今日誕生日ですーね! 誕生日おめでとうございまーす。あなたの記念すべき素晴らしい日に出会えて光栄でーす」
「あ、ありがとう」
受付の山田さんにも誕生日を祝われたのに、まさか迷キュー君にも祝われるとは思ってもいなかったから、手にしたスマホを持ったまま動きを止めてしまった。
「河野五花さん」
「い、五花でいいよ。迷キュー君」
「おおー。それでは五花と呼ばせて貰いまーすね」
迷キュー君は本当にロボットなんだろうか、会話がスムーズすぎるよ。
なんなら僕の学校での会話の方がよっぽどぎこちないよ。
「迷キュー君と友達になれたら嬉しい、な」
ロボットと友達とか変かな。
でも迷キュー君にずっと憧れてたから、友達になれたら嬉しい。
「友達! 五花と友達、迷キュー君も嬉しいでーす。迷キュー君は五花の友達でーす。さあ、友達になった記念に写真を撮りましょーう!」
人が入ってる? なんて疑いたくなる程の会話に苦笑しながら迷キュー君の手招きで隣に並ぶと、迷キュー君の足元から金属のホースみたいなものが出てきて、レンズみたいな物を僕達の方に向けた。
「はーい、それでーはニッコリ笑顔とピースサインで、三、ニ、一」
「……」
人生初めてだと思うピースサインをして、笑顔になる。
「いい笑顔! 十六歳おめでとうの写真でーすよ。おめでとーう五花。生まれてきてくれてありがとーうございまーす。迷キュー君と友達になってくれて、ありがとーございまーす」
「ありがとう、迷キュー君」
生まれてきてくれてありがとうなんて、僕はきっと母親にも言われたことないよ。
嬉し過ぎる言葉に涙が出そうになりながら、僕は頑張って笑った。
「いえいーえ。では、もう一度腕時計を近づけて下さーい」
言われるままに近づけると、ピコンと小さな電子音がした。
「写真を送りましたーよ。確認して下さーい」
「ええと、小さくてよくわからないよ」
「タブレットでも確認できまーすよ」
「タブレット、ええと。あ、これか。うん撮れてるよ。迷キュー君の顔バッチリ、大きな耳もちゃんと写ってるよ」
嬉しくて自然と顔が笑っちゃう。
迷キュー君と写真が撮れるなんて、今日はなんてすごい誕生日なんだろう。
「迷キュー君、ありがとう。写真嬉しい」
「どういたしまして。いつでも写真撮影を受け付けてまーすよ」
「じゃあ、次は初めて魔物を倒したときにね」
なんちゃって。
学校でこんな気軽な会話したことないのに、迷キュー君と本当の仲良しみたいに会話するのは不思議な感じだ。
「おおっ、いいですね! では初めてのダンジョンは私もご一緒しましょう」
「え? 出来るの?」
「私の名前は迷キュー君です。不可能はありませーん」
「一緒に入れたら嬉しいけど、でも無理しないでね」
胸を張っているように見える迷キュー君は頼もしく見えるけど、なんか心配でついそう言っちゃう。
「任せてくださーーい」
「分かった、じゃあ楽しみにしてるね」
「はい。ではバスに行きましょーう」
「うん」
案内されたバス乗り場には誰も人がいなかった。
「これが都庁前行のバスでーす。入口のセンサーに腕時計を近付けて下さーい」
「センサー、これだね」
「はい、大丈夫でーす。バスに乗る時はこれを毎回行って下さーい」
「分かった。ありがとう」
「それでは、気をつけて帰ってくださーいね。家に帰るまでが冒険でーすよ」
「うん、分かった。気をつけるね」
バスに乗り込み、迷キュー君が見える様に窓側の席に座る。
バスの中には運転手さん以外は誰も乗っていなかった。
僕に向かって手を振ってくれる迷キュー君に僕も手を振り返すと、バスは静かに発車した。
「迷キュー君だあ」
タブレットの写真を見て、ついつい顔が笑ってしまう。
まさか迷キュー君と会話出来て写真まで撮れるなんて、そんな夢みたいなことが起きると思わなかった。
しかも迷キュー君との連絡先も交換してしまった。アドレス帳に迷キュー君って載っててびっくりしちゃった。
「そのまんまだ」
僕の記憶の中にあったのと同じ顔で、迷キュー君は写真に写っている。
ゴブリンをデフォルメした迷キュー君を初めて見たのは、本当に幼い頃だった。駅ビルに設置されている街頭大型ビジョンに映った探索者募集のCMを見たんだ。
家族と住んでいた家から、今の僕なら歩いて十五分ほどの場所にある駅ビルの前、幼かった僕はその場所になぜか一人で立っていた。
『ダンジョンに行こう! そこには夢と浪漫と冒険がある』
古いアニメみたいなそのセリフと共に迷キュー君は剣と盾を持ち魔物と戦ったり、ダンジョンの中で宝箱を見つけたりしていた。
一人で家の外に出たせいで心細い気持ちだった僕は、たった一人で魔物と戦う迷キュー君に視線が釘付けになり、迷キュー君に憧れた。
マスコットとして人気が全く出なかったらしい迷キュー君は、あの頃はすでにダンジョン娘軍団にマスコットの地位を奪われていた。だからあのCMを見たのはあの一度きりだし、大きくなってからネットであのCMを探したけど見つけられなかった。
たった一度見ただけ、でも忘れられなかったCM、そして迷キュー君は、ずっと僕の憧れでその憧れは探索者への憧れにもなった。
僕が探索者登録したその日に出会って、友達になれるなんて、あの時の僕に教えたらどれだけ喜ぶだろう。
「探索者頑張ろ」
タブレットをしまい、山田さんに貰った紙のしおりを読み始める。
書いてあるのはダンジョンに入る為の心構えや準備、ダンジョンの分布図等おおよそ探索者の基礎みたいなことが書かれていた。
「これ暗記したほうがいいかも」
真剣に読んでいたら何だか目が疲れてきて、外の景色を見ようと窓の方を向いて驚いた。
「真っ暗だ」
今昼間なのに、道に沿って立っている街灯の灯り以外の光がない。
そういえば専用道路を通るって山田さん言ってたけど、専用道路って地下道なのかな。
つまりそれ、ダンジョンに行くためだけの道路があるって事?
なんか、物凄くお金が掛かっているんじゃないのかな。
「魔石は新しいエネルギー資源」
買い取った素材の行方という項目には魔石はガス等に代わる資源だと書いてある。
ダンジョンから魔石が取れるようになって、家電は例えば電気だけを使うものと魔石と併用出来るもの、魔石だけで使えるものと三タイプに増えたし、主流は魔石だけで使えるタイプになりつつあるとも書いてある。
「そっか、魔石がたくさん取れようになったから火力発電とかいらなくなったのか」
そうしたら国がダンジョン探索者にお金を掛ける理由も分かる。
地球全体にダンジョンが出来てから、不思議なことに戦争が無くなった。
地球で最初にダンジョンが確認されたのは南極らしいけど、ダンジョンが現れてすぐなぜか核兵器が稼働しなくなり、戦車やミサイル等も次々動かなくなったらしい。
そして戦争の道具として武器を使おうとするとその武器も使用できなくなったんだって。
それからどんどんダンジョンが世界に出来ていく間に、核兵器もミサイルも戦車も地雷も何もかも姿を消したんだ。使えなくなったから作らなくなったんじゃなく、本当に消えたんだ。
武器が動かなくなっただけじゃなく、マジックで物が消えるみたいに、姿が消えて無くなってしまった。
今地球では、戦争をしている場所はない。
嘘みたいな本当の話。
その代わりにダンジョンが、人類の脅威になったんだ。
何せ人が入らないダンジョンからは魔物が外に出てくる。
人が捕まえて魔物を外に連れてくることは出来ないのに、ダンジョンの魔物を狩らないと自分から外に出てきちゃうんだ。
元々軍事力の大きな国は、魔物が外に出てくる確率が高く、油断してるとすぐに街が魔物に襲われる。
ダンジョンの魔石は富を生むけれど、同時に怖い魔物も生み出す場所なんだ。
日本のダンジョンはその点は楽なんだって、過疎って閑古鳥が鳴いているところでも、最低限の探索者が見回りするだけで大丈夫。
でも他の国は危ないところが多いらしくて、毎日毎日大量に魔物を狩っても探索者の隙を狙って魔物が外に出ちゃうし、国が戦争準備をしようものならピンポイントに魔物が軍隊を狙って現れるらしい。
ダンジョンは地球からの警告なんだって言ってる人もいるくらいなんだ。
「ダンジョンの外でも警察とかは武器使えるって、よく考えたら不思議だよね」
戦争とその他をどうやって区別しているのか分からないけど、警察は普通に武器が使えるらしいし、ダンジョンで魔物にも使える。
だけど戦争とかの争いには使えない、不思議な現象。
「そもそも誰が判断してるのかって話だよね」
まあ、そんなこと僕が考えても仕方ないか。
とにかく探索者になれたんだから、頑張ってダンジョンに入らなくちゃね。
ふふふと笑う僕を、運転手さんが微笑ましそうに見てたのも気付かずに僕は夢中になってしおりを読み込んでいたんだ。
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