弱気な僕の探索者成長記録
木嶋うめ香
今日から僕も探索者1
「あ、あのっ」
ゴールデンウィーク最終日、僕は東京から一つ県をまたいだ場所にある東一番ダンジョン都庁出張所内の、探索者登録カウンターにやって来た。
都内ではなく他県にあるのに、都庁出張所とついている理由は分からないなと疑問を覚えながら、他の公的機関と違ってここは土日祝日関係なく営業してくれててありがとうございますと、受付カウンターの中に立つ女性に心の中で頭を下げる。
今は殆どの手続きがネットで済ませられるから、そういう手続き関係って平日しかやってない事が多いそうだけど、探索者登録の受付が平日だけだったとしたら、僕は学校を休まなくてはならない。そうなったら、小心者の僕が学校をサボってここまで来られるとは思えない。だからゴールデンウィークに営業してくれているのは心底ありがたい。
「おはようございます。お客様本日は探索者登録でしょうか、それでしたら私山田がお受け致します」
「は、はいっ。た、探索者登録ですっ!」
登録受付と札が立てられているカウンターの前に立った途端、若草色の制服を着て立っている女性に声を掛けられて僕は緊張し過ぎて裏返った声で返事をした。
山田と名乗った女の人は、綺麗な栗色の髪をポニーテールに結びオレンジ系のアイメイクをした綺麗な人で、年齢は二十代半ば位に見えるけれど、実際の年齢なんて僕には予想するのも難しい。
なにせ学校でも殆ど女性と話(実際には男女どちらとも話さないのだけれど)をしない僕にとって、受付の仕事とはいえこんな綺麗な人に声を掛けられてしまったら、思考能力なんて限りなくゼロに近くなってしまうからだ。
だって、緊張する。
むしろ逃げずにちゃんと返事をした自分を褒めたいくらい。
頑張ったよ、僕。
ちなみに彼女の身長はチビの僕よりちょっと高そう、百六十cm弱くらいかな。男女関係なく世の中の人皆大きくて羨ましい。
「畏まりました。登録にあたり住民カードの提示をお願いしておりますが本日住民カードはお持ちでしょうか」
「は、はい。ええと、これです」
ダンジョン探索者のデータは、国が管理しているらしい。
国のサイトでダンジョン探索者登録に必要な物は事前に調べて抜かりなく準備してきたつもりだけど、緊張のあまり住民カードをどこに入れてきただろうと焦っちゃうのは安定の僕仕様だ。泣ける。
どうにかこうにか学生証用のカードケースにしまっていたと思い出して住民カードを取り出すと、山田さんに見やすい様に向きを変えてカードを手渡した。
頑張ったよ自分、自分頑張れて偉いともう一度褒めておこうかな、これからもっと今日は頑張らないといけないもんね。
頑張れるかな、自信が無くなってきちゃいそうだよ、どうしよう。
内心のオドオド具合を表に出さないようにしようとはしてるつもりだけど、挙動不審に思われないかな、大丈夫かな?
不安な気持ちで山田さんを見ると、とても優しい笑顔を僕に向けていてホッとした。
「ありがとうございます。お預かり致します」
慌てている僕を急かすこともなく、優しい笑顔で山田さんは両手で住民カードを受け取ってくれたのがありがたい。
緊張しいの僕は、急かされる空気に本当に弱いんだ。
その気配を感じただけで、挙動不審になる自信がある。
何なら、ごめんなさいって謝って逃げちゃいたいくらい苦手だ。
人見知りなだけじゃなく、誰かと話す時に極度に緊張しちゃうのは自分の欠点だし、学校の先生から「もっと積極的に」と言われる事も多いけど、例えば学校で明るく元気になんて考えただけで体が委縮して固まってしまう。
想像だけでどうしよう、そんなの無理って途方に暮れる。
こんなところが駄目なんだって分かってるし直したいけれど、どうしたら変えられるのか分からない。
「
証明カードに書かれている僕の名前を見てだろう、山田さんは躊躇いなく僕の名前を呼んでくれた。
僕に見やすい様に向きを変えて見せられたタブレットの画面に表示されている、登録手続き開始と書かれた部分を押すと、画面には探索者登録に進みますとメッセージが表示されて緊張がさらに高まる。
どうかちゃんと登録出来ます様にと、心の中で手を合わせちゃうけど今カードの料金って言った?
「証明カード、有料なんですね」
「はい。勿論無料カードもございますが、有料カードは三種類ございますのでこちらを選ばれる方が多いです」
戸惑う僕に山田さんはにこやかに答えてくれたけれど、所持金に不安がある僕に選択の余地なんてあるんだろうか。
有料カードを選ぶ人が多いって、実は無料カードを選ぶ人がいないって意味なんじゃないのかな? 僕も有料にしたほうがいいのかもしれないけれど、帰りの交通費も残しておかないといけないのに、カードの料金が支払い出来なかったどうしよう。
「あの、ダンジョンに入ることが出来るカードで一番安いものでお願いしたいですが大丈夫でしょうか。あと説明もお願いしたいです」
探索者になると決めたんだから、覚悟を決めて有料にしよう。でも高いのは無理だから一番安いもの。そう決めて説明前にお願いする。
高いのなんて払えないし、それが分かってるのにわざわざ説明してもらうのは申し訳ない。
「畏まりました。証明カードはこちらに記載あります通り四種類ございます。まず、探索者登録された方全員に発行します、無料のカード。こちらは紙の証明カードで口座紐付けされておりません。残り三種類は有料です。お客様ご希望の一番安いものとなるのはこちらの発行料五千円の口座紐付けタイプです」
「五千円、それなら何とか」
カウンターの上にプラスチックケースに挟まれた状態で置かれていた『証明カードについて』と書かれた印刷物を指さしながら説明をされ、まだ住民カードを出しただけだというのに緊張しすぎて目の前に資料がある事にも気がついていなかった自分に落ち込みながら、今日この出張所に来るまでの交通費も結構大きな出費だったというのにカードの発行だけで五千円もかかるのかと気が遠くなりそうになる。
一人暮らしをしている僕は、月々お小遣いとは別に生活費を渡されている。今月の生活費として渡されたお金はまだあるけれど、使用した分はレシートを親に送らないといけないから、登録になんて使えるわけがない。
お財布にいくら入ってたっけ、お昼は外で食べようと思ってたけど止めたら交通費に回せるかな。お昼代は生活費に入るから、それで何とか。頭の中で財布の中身と相談しながら支払い出来そうだとホッとした。
「河野様、申し訳ありません。お支払いはまだ結構です。恐れ入りますがカードの説明を続けてもよろしいでしょうか」
無意識にお財布を出していた僕に、山田さんは優しく声を掛けてくれるのが辛い。
「え、あ、はい。すみません。こういうの……慣れてなくて」
慌てて謝りながら俯いてしまう。
焦りすぎだよ僕、なんでこんなにすぐ動揺して慌てちゃうんだろ。
恥ずかしすぎるよ。
山田さんの声にさらに落ち込みながら、手にした財布を鞄に戻し、俯いたままでいたい気持ちを抑えて頑張って顔を上げる。
僕みたいなおどおど人間に優しく対応してくれてる人に、不快な思いさせちゃったら駄目だよね。ただでさえ僕はいるだけで不快にさせやすいんだから、説明してくれている人に失礼な態度はとったら駄目だ。
頑張れ僕、まだ挽回できる筈、営業スマイルが崩れてない。目だって優しい、だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
僕を不快に思う人の目は、見慣れているからすぐわかる。この人の目は優しいから大丈夫。
「こちらこそ説明が足りず、大変申し訳ございません。支払いに関しては探索者登録と研修が完了した後、必要な場合にまとめてお願いしておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「は、はい。ご丁寧にありがとうございます。あの、でも説明が足りないなんてないです。僕がちょっと焦っちゃってただけですから」
丁寧に話してくれる山田さんに、慌ててペコペコと頭を下げる。
悪くないのに謝らせたくない、それなのに申し訳ないと言わせてしまって僕の方が申し訳ない気持ちがして逃げたくなる。
「……ありがとうございます。それではカードについてご説明いたします。有料カードの口座紐づけは、一般的な銀行口座の他、ダンジョン探索者専用銀行の口座に紐づけが出来ます。一般的な銀行口座とダンジョン探索者専用銀行、通称ダン銀と申しますがこちらの違いは、ダン銀の場合、所得税等の手続き代行を無料で行います。それから税金についても優遇されます。また有料カードは一般的な銀行に紐づけた場合は五千円かかりますが、ダン銀に紐づける場合は無料になります」
「え、無料」
無料って言葉に驚く。
え、何で無料? なんか裏がある?
「はい。有料カードは口座紐づけのみ、口座紐づけ及び紛失保証付きのカードタイプ、口座紐づけ及び紛失保証付きの腕時計タイプ、腕時計タイプ専用タブレット付きとございまして、一般的な銀行に紐づいた場合は五千円、三万円、十万円と料金が掛かりますが本日ダン銀の口座を開設しこちらに紐づけ頂いた場合は、腕時計タイプのタブレット付きが無料となります。腕時計タイプはとても便利です。こちらがお勧めですがいかがでしょうか」
なんでそんなに違うんだ。
驚きながら思わずコクコクと頷いて、我に返って恥ずかしすぎて俯いてしまう。
動揺しがちな僕は、クラスメイトとの会話も上手く出来ない。
直したいと思っているのに出来なくて、いじめを受けているわけではないのに高校に入学して一ヶ月経つというのに友達はまだ一人も出来ないどころか、まともな会話をしたことすらない。
まあ、幼稚園から今まで友達なんて一人もいたことないんだけどさ。
「口座の開設をお願い出来ますか。それで、あの」
「口座のお申し込みですね、ありがとうございます。では探索者の登録手続きと一緒に口座開設の手続きも行ってまいります。有料カードは腕時計タイプで手続きを進めてもよろしいでしょうか。腕時計タイプはダンジョン攻略の活動中も使える機能満載ですので、ダン銀口座開設のお申し込みいただいた登録者の皆様にお勧めしています。是非河野様も」
「は、はい。それでお願いします」
一番安いものと言いながら、無料になるなら一番高いものをと言うのは何だかとても申し訳ないし恥ずかしくて、僕は逃げ出したい気持ちになりながら俯いたまま深々と頭を下げた。
山田さんは受付のマニュアル通りに話をしてくれているだけなのかもしれないけれど、言葉の一つ一つが僕に気を遣ってくれているんじゃないかって、卑屈な考え方しちゃうんだよ。
「畏まりました。ではタブレット付きの腕時計タイプで手続きを進めて参りますね」
ちらりと視線を上げると僕の動揺など何でもないと言わんばかりの笑顔で対応してくれる山田さんに、心の中で手を合わせながら頑張って顔を上げ説明を聞き手続きを進めていった。
自分で決めて申し込んだんだ、ちゃんと今日手続きを終わらせるんだ。
普通の人なら簡単なのかもしれないけど、僕は決死の覚悟で探索者やダンジョン銀行についての説明の他、探索者保険についての説明を聞きそれぞれ申し込みを行っていく。
多分僕、生まれてから今までで一番長く会話をしていると思うよ。
緊張しすぎて口の中がカラカラだ。
「え、血ですか」
思っていたよりスムーズに進んでいく登録手続きに、自分頑張ってるなんて油断していたらビックリする事を言われた。
探索者の登録には血液が必要なんだって言われたけど、サイトにそんな情報あったかなと内心首を傾げてしまう。
ダンジョン探索者の登録について、国のサイトを見れば手続きに必要な物は書いてあったけれど、手続きはネットでは出来ず直接出張所の登録カウンターに行かなくてはならないと書かれていた。でも有料カードの種類なんて書かれていなかった。
ダンジョンで得たアイテム等を売却した時に振り込める口座がわかるものとは書かれていたけれど、有料カードに口座を紐付けるという情報は載っていなかったし、ダン銀に紐付けした場合のことも載ってなかった。
なぜ情報が中途半端に開示されているのかわからないけど、今時ネットで手続き出来ないものを探す方が難しいというのに何故出来ないんだろうという疑問は、血液採取と言われて解決した。
探索者登録する本人の血液かどうかなんて、送付して血液採取キットを返却してもらうんじゃ確認出来ないから登録カウンターまで本人が来ないといけないんだね。
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