Breakpoint #2
1
物理法則のアップデートが失敗したあの日のことを、俺達は「ブレイク・ポイント」と呼んでいる。
あの日、加賀から聞いた様々な話は、俺達の常識をひっくり返すには十分なものだった。
文字通りの
▽
「だいたいさ、普段のエラーメッセージってのは、もっとこぢんまりしてるんだぜ?」
「それってどんな感じですか」
「うん、まぁ、視界の隅に、ちっちゃなアイコンがピコン、と現れて、短いメッセージが流れるくらい。大抵は放っておいて大丈夫だけれど、要請があれば、管理者権限を持つ者はその修復に乗り出すこともある。まぁ、ぼくは半分不正規なんで、ほとんど手を出すことはないけど」
加賀の言う正規・不正規の意味がわからないが、とりあえずそれはあとか。
「さっきのエラーメッセージは、視界全部が真っ赤になって、アラートもうるさかったし、文字も飛びまくってて、えらく主張してましたけど」
「そりゃあそうさ、なんせ、大規模アップデートの失敗だ。大ごとも大ごと、これ以上の大ごとなんて、なかなかないと思うよ」
「過去にはなかったんですか?こういうの」
「まぁ、なくはない」
あったのかよ。
「何千年も昔に一度あったらしいよ」
何千年?!
「そもそも小規模なアップデートですら数十年に一度行われるくらいのもんだよ。大昔はもっと頻繁にあったみたいだけど、最近じゃほとんどないな。特に大規模アップデートになると、もう100年以上行われていない。ぼくが知る限り最後の大規模アップデートは200年以上前だ」
「物理法則のアップデートって、何をするんですか」
トオルの質問に、加賀は
「この世界はさ、ほとんど完璧なんだよ」
と、なぜか誇らしげな顔でそんなことを言う。
「その中でも、物理法則は特に堅牢だ。ほとんどほころびもない。それでも、ちょっとした矛盾があったり、あるいは辻褄合わせのために、アップデートが行われることがある」
「た、たとえば?」
「そうだな、有名な話としては、ニトログリセリンの結晶化の話とか知らないかな?」
あ、それ漫画で読んだことある。
「シンクロニティとか言われる現象で、ある時突然、物理法則に変化が起きることがある」
あれが小規模アップデートの影響さ、と加賀は言う。
しかし、トオルがそれに反論する。
「その話ならボクも聞いたことがあります。でも、たしかそれって嘘だって聞きました」
「嘘なもんか。実際にアップデートが行われるまでは、ニトログリセリンは結晶化しなかった」
自信たっぷりに加賀が断言するが、トオルはなおも食い下がる。
「それ以前にも結晶化していた、だからあれはデマだって読んだことがありますけど……」
「そりゃあそうさ。物理法則に限らずだけれど、アップデートは自然に行われなければならない。過去の改変くらいはするさ。でないと世界が混乱するだろう?」
「じゃあなぜ、ニトログリセリンに関してだけ、そんな話が残されてるんですか?」
「意図的に、そうしたかった奴がいたからだろうね」
「そうしたい、っていうのは……」
「もちろん、これは想像にすぎない。けれど、おそらくはニトログリセリンが結晶できるようになった時、それ以前は結晶化は不可能だった、という事実を流布することで、何かを得ようとしたんだろうな」
そんなことをして、何かを得られるとは思えないけれど……。
「周りの認識の齟齬を利用して、魔術を行使するとか、まぁ利用方法はいろいろある。真実はともかく、大多数の人々がそう認識することに意味がある。人の意識ってのは怖いぜ? 物理法則にだって影響がある。だから、物理法則のアップデートは予告されないし、失敗は許されない。テストにテストを重ねて、絶対に失敗しないアップデートパッチを当てるんだ」
失敗は許されない。
絶対に失敗しない。
アップデートに失敗しました。
そこには、明確な矛盾がある。
「でも、実際に……失敗したんですよね?」
「そうだね」
「何故ですか」
「そんなこと、僕にわかるわけがないじゃないか。まぁ、想像ならいくらでもできるけど」
「……」
「ま、キミたちにもなんとなく想像ついてるんじゃない?」
何がだよ。
「そう、誰かが人為的に、アップデートに介入したか、アップデートパッチを改ざんした可能性が高いね」
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