5
建築途中で放棄されたショッピングモールで、男が一人奇妙な行動をとっている。
指で輪っかを作り、目に当てて何かを観察している。
––––汎用魔術の「遠見」である。
少年……と言うにはやや大人っぽい、曖昧な年齢の男。
髪の色は赤。
ちなみに地毛である。
190cm 近くある長身には贅肉がなく、かなりひょろ長い。
手足が長すぎて、邪魔そうに見える。
まるで足を折りたたんだ蜘蛛のようだ。
男の名は、
加賀は、観察対象が気配察知できないギリギリの距離から、その様子を探っている。
時刻は夜の10時。
たまにポケットからチョコレートバーを取り出して、もぐもぐしていたりする。
ショッピングモールはまだ新しく、廃墟というほどには廃れた雰囲気はない。
それでも、重機は引き上げられ、転売が可能な鉄骨や電線類は持ち去られ、寂しい様子を晒している。
防音シートでできた高い壁に遮られた空間は、街の喧騒から切り離されたように静かだ。
どうせ解体するためにも必要だとでも思ったのか、あちこちにまだ足場が残されている。
おかげで、壁伝いに移動できる。
上下方向だろうが横方向だろうが自由自在だ。
ちょっとした
そんな足場に足を折りたたんで座り、加賀はある男を見張っている。
足場はかなり不安定だが、屋上からの張り込みだと、見つかる可能性がある。
しかたなく屋上ギリギリの高さから、加賀は熱心に少年を観察し、またチョコレートバーをかじる。
観察対象は、辺りをキョロキョロ見回したあと、スマートフォンで表示された何かを熱心に見ている。
そしておもむろにスプレー缶を取り出して、床に何やら描き始めた。
グラフィティ――という感じではなく、非常に複雑な幾何学模様だ。
少し描いてはスマートフォンで確認し、何度も見直しながら、また少しずつ書き進めている。
加賀はその様子を見ながら、指の輪のサイズを広げた。
加賀の視界はズームにされ、幾何学模様をくっきりと捉える。
時たま指をキュッと絞ると、「カシャッ」とレトロカメラのようなシャッター音がして、加賀の視界の隅に撮影した模様が配置される。
「……忘却……」
加賀は小さく呟く。
足場から無造作に飛び降りる。
屋上近くからの落下――
観察対象からも察知されたことだろうが、加賀は慌てずに、ゆっくりと観察対象の元へ歩いていく。
相手が逃げたりしないと確信しているからだ。
これまでもう何度、魔法陣の完成を邪魔したことだろう。
加賀はこのところずっと少年を追っており、少年はその都度、魔法陣の完成を邪魔されている。
そろそろ怒りも頂点だろう。
加賀は、ここに来てようやく少年と対面することにした。
しばらく行くと、急に辺りが暗くなった。
この辺りには明かりはないが、なにせ都市のど真ん中なのだ。本来ならば明かりには事欠かない。
実際、遠くを見ると沢山のビルやネオンが輝いている。
にもかかわらず、なぜかこの場所にだけ光が届いていない。
ほとんど真っ暗である。
ふん、と加賀は鼻で笑う。
加賀がパチンと指を鳴らすと、辺りの暗闇がさっと晴れる。
取るに足らない、下らない魔術だ。
強度も練度もまるで足りない。
変わらず飄々とした足取りで、加賀は自分を待ち受ける男の前に姿を表す。
少年はこちらを睨みつけていたが、加賀の姿を確認すると、驚いた顔を見せた。
「なんだぁ? 同じ学校の生徒かよ」
緊張して損をしたと言わんばかりに、男――いや、少年は力を抜く。
少年の名前は、
――あの哀れな爆裂少年だった。
▽
生徒たちに多大なる精神的外傷を植え付けた爆裂事件は、生徒や教師たちの脳内に存在するだけで、世間的には何も起きていないも同然だった。
一部のネットニュースや動画投稿サイトでは、学校で起きたガチの怪奇現象に盛り上がった。
美術教師、
曰く、学生運動に精を出していたとか、妙な芸術集団に入り浸っていたとか――あることないこと、いや、ほとんどないことないことが、まことしやかに語られた。
だが、――あまりに情報が少なすぎて、人々の関心はあっという間に薄れていった。
忘れたいことは忘れられないのに、興味がなくなればあっという間に忘却されていく――人の記憶のシステムは、端から端まで自由にならない、まったくいい加減なものだ。
そうして、人々から忘れ去られ、事件から三ヶ月ほど経った頃。
自殺の名所として有名な海岸に、伊坂宗一郎の遺体が打ち上げられた。
以外な結末に、ネットでは考察が再燃したが……なぜかあっという間に鎮火。
飽きっぽい日本人にとって、この程度の事件は長続きするほどのインパクトを持たなかったのか。
結果、心に傷を負った者が大量生産されてしまったものの––––蓋を開けてみれば犠牲者は一人も出ず、犯人は死亡。
伊坂が死んだことで、生徒や保護者、教師などの学校関係者は胸をなでおろした。
しかし、事件は終わっていない。
美術教師 伊坂宗一郎は何故死んだのか。
自殺か、あるいは他殺か。
警察は騒ぎが大きくなったことを苦にした自殺であると断定。
しかし、それが自殺などではないことを、確信している者たちが居た。
▽
爆裂少年
いまや、穂西光輝の名前を覚えている人間がどれほどいるだろうか。
その爆裂少年が、なぜかこんな夜遅くに、こんな人通りの少ない場所で、ショッピングモールの床に落書きをしている――。
「……あんた、なんか見たことあんな。確か三年だろ」
「うん、正解」
加賀はリラックスした様子で、ポケットに手を入れたまま答える。
「で、ここ何してんだ? 先輩」
光輝は相手のゆるさにどこか油断している。
「そういうキミこそ、こんな深夜の廃墟で何をしてるのかな? ––––穂西光輝君」
「……なんで俺の名前知ってんの? 不公平じゃん。先輩の名前も教えてよ」
「加賀義照〈かがよしてる〉」
「……やけにあっさりと教えてくれるじゃん。で、その加賀先輩が何の用?」
「うん、キミには死んでもらおうと思って」
「は?」
光輝はキョトンとして、不快そうに顔を歪めた。
「ってことは、ずっと俺の邪魔してくれたのは、やっぱ加賀先輩……あんたの仕業か?」
「そうだよ? だって、––––人を殺した野良の魔術師は処分される決まりだからね」
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