11

「もし、追い払ってくれたのが加賀先輩だったとしても」

「ん?」

「気絶しちゃって覚えてませんけど、殺される! って時に逃がしてくれたのは阿先輩なんですよね」

「んー、まぁそうなるな」

「なら、やっぱり阿先輩は命の恩人です。ありがとうございます」


 そう言って、トオルはもう一度頭を下げた。

 顔を上げると、目が潤んでいた。

 

 おいおいおい、可愛いじゃねぇか。

 このツラでなんで男なんだよ。

 

「い、いや、気にしなくていい」


 なんでキョドってんの俺。

 

「で、でさ」

「はい」

「昨日のアレ、何があったの?」

「ボクにもよくわかりません」

「わかんないの?」

「はい。ボク、科学研究かけん部員なんですけど、部室にケータイを忘れちゃって。科学室に向かってたんです」

「ふむ」

「ケータイはすぐ見つかったんですけど、なんかすっごいホルマリンの臭いがするんですよ」

「あれな」

「で、なんだろうと思って、生物室を覗こうとしたら、その……あの二人が」


 言い淀むトオル。

 生物室。ホルマリン。魔法じみた力。

 そこから想像されるのは、世にも恐ろしい儀式じみた何かか。

 魔法陣の周りの蝋燭に火を灯し、生贄(ホルマリン漬け)を真ん中にして、呪文を唱える、みたいな……。


 ……ゴクリ。


「何をしてた?」

「は、裸で、え、えっちなことをしてたんです」

「ぶーーーーーっ!!!」


 何してんのあいつら!?

 つか、顔同じだったよね? 多分っていうか間違いなく双子だよね?!

 背徳的にもほどがあるっていうか、さすがにドン引きですよ!


 なぜか一瞬桜子の顔を思い浮かべたが、なかったコトにした。

 あいつはブラコンかもしれんが、俺はシスコンではない。

 断じて。


「それも、周りにホルマリン漬けをたくさん並べて……」

「うぉぉ」


 りょ、猟奇的すぎる……!

 魔法陣のほうがまだしも健全だと……?


「……で、トオルはどうしたの」

「悲鳴をあげました」

「だよね」

「そしたら、あっという間に拘束されてしまいました」

「やべぇじゃん」

「やべぇです」


 コクコクと頷くトオル。


「で?覗かれたあいつらはキレたと」

「いえ、見られたことはどうでもいいみたいでした。捕まったた時も、ほとんど裸でしたし、これみよがしに、その、キ、キスとかしてましたし」

「うーわ! きっっっしょっ!? じゃあ、なんで捕まったの……?」

「ボクを殺して、周りに並べて、続きをやるって言ってました……」

 

 おいおいおいおいおい……。

 

「周りに並べるって、お前バラバラにされてんじゃん」

「されてますね」

「どうやって逃げたの?」

「いえ、逃げ出したんじゃなく」

 

 なんでも、わざと逃がしては捕まえたりして遊んでいたんだそうだ。

 さらには、ホルマリンの臭いにえずくのを見ると、嬉しそうにホルマリン漬けの瓶を、手も触れずに投げつけてきたそうだ。


 なにそれ……俺ならトラウマになって一生立ち直れなさそうだ。

 

「で」

「はい、やめてくれって叫んだら、じゃあ終わりにするって。なにか見えない力に吹っ飛ばされて、そこから記憶はありません」

 

 正確には「やめてくれ」じゃなく「やめてよ」だったけどな。

 おかげで女子だと思い込んだってのもある。

 いや、この見た目だと、どのみち男子には見えないか。

 まつ毛長げぇなぁ……。

 

「もう絶対死んだと思ったんですから。でも、しばらくして目を覚ましたら」

「なぜか、ドアが吹っ飛ばされた華道室にいたってわけか」


 トラウマ級の体験の次は、わけのわからんシュールな状況か。

 たまったもんじゃねぇな。


「え? 目を覚ましたのは確かに華道室ですけど、ドアは普通でしたよ?」

「ん? え? いや、ほら、ガラス障子のドアだぜ? 粉々になってなかったか?」

「いえ、普通でしたけど……」

 

 どういうことよ。

 まぁ、学校に着けばわかるか。

 

 学校に到着。

 何か騒ぎがあるわけでもなく、いつも通りの朝の風景。

 いつも通りすぎるくらいにいつも通り。

 

「ホルマリン漬けがめちゃくちゃになってたから、もっとざわざわしてるかと思ったけど」

「ですね。あの匂いですし」

 

 そして二人で校門をくぐる。

 ここからは別行動だ。

 

「じゃ、俺三年だから。ここで」

「はい」

「今日はわざわざお礼言いに来てくれてありがとな」

「そんな、当然です」

「またつるむことがあるかはわかんねぇけど、ま、もし見かけて気が向いたら声かけてくれ」

「えっ、先輩、加賀先輩のところに行かないんですか?」

「は? 何で?」

「いえ、昨日のこともあるし、ボクは放課後に華道室に行こうと思ってるんですけど」

「ああ、お礼しに?」

「それだけじゃないですけど」

 

 俺はうーんと首をひねって考える。

 加賀は、俺に忘れろ、と言った。

 もちろん忘れられるわけがないが、忘れたふりをして生きろとも言っていた。

 それを、トオルには言わなかったってことか?

 

 まぁ、俺としては……。


「いや、俺は行くつもりはない。加賀さんも『忘れろ』って言っていたことだしな」


 それ以前に、もうああいうわけのわからん世界には関わりたくない。

 しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、トオルが情けない声を出した。


「そんなぁ」


 トオルは若干涙目になっている。

 おいおい、男子たるものそう簡単に涙をだな……ていうか可愛いなオイ!

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