第26話 傲慢と失望
「な、何故だッ!」
片膝立ちのクリストファは再び全力の衝撃波を放つ。
だが、クロウは
「どうした。もう終わりか?」
「な、舐めるなァ!」
ヅンッ! ゴバッ!
何度も、何度も腕を振るい、衝撃波の余波がクリストファの周囲を吹き荒れ、瓦礫を巻き上げる。
いつの間にかクリストファの周囲の瓦礫は吹き散らされ、円形の空き地になっているが、空中にいるクロウには何の影響も与えられていない。
これだけ繰り返せば、クリストファにも手応えで分かる。分かってしまった。
クロウはシールドを張って身を守っているのではない。
『クリストファが全力で放ったのとほぼ同等の力を放ち、相殺している』のだ。
それは、クロウがクリストファと同等以上の出力のサイコキネシスを持ち、クリストファを遥かに上回る制御力を持っているということ。
月明かりに照らされる2人の超能力者の戦場に、ふ、と静寂が落ちる。
右足首から先を失って片膝立ちのクリストファは、上空のクロウを見上げ、睨み、拳を握り締めている。
歯を食いしばって、右足の激痛と度重なる屈辱に耐えるも、貴族の血も、整った容姿も、超能力も、己を形作り柱としていた、武器であり盾である全てが、クロウには無意味だ。
心底見下し、かつて嬲って殺したはずの平民の前で、砂まみれで、手も足も出ず、出血のため体に力も入らなくなってきて、膝をつくしかない事実はどう足掻いても変わらない。
「ク、クロォォォウ……! 貴様、如きがァァァ……!」
何もできないクリストファの、怨嗟の声が崩れた廃墟に響く。
対して、あくまで静かなクロウは、嘆息する。
「……まだ、自分が上のつもりなんだな。お前と僕の能力は同じ。ならば鍛えれば、僕がお前と同様のパワーを得られることも自明だろうに」
見下ろすクロウの眼は冴え冴えと月光に輝き、冷たい蔑みの氷と復讐と怒りの青い炎が幻視できそうな力が籠っている。
「しかも貴様の力は出力も、制御力も、10年前から大して変わっていない。バーザムの方が明らかに努力して力を伸ばしていた。なんたる怠慢。なんたる傲慢。この10年、お前は何も成長しなかった」
見下ろす眼、あからさまな侮蔑と『失望』。
そのすべてがクリストファを苛む。
ケンタロウは、意地と意趣返しのため、あえて相手の得意な分野で闘った。だからエリオットにはできるだけ念力は使わず、肉弾戦と小細工を主とした。
同じように、クリストファにはサイコキネシスを主として戦ったが……こちらは、興覚めと言う他なかった。
「あれからの10年、復讐の刃を磨き続けた僕に、自身を磨くことを怠った今のお前が勝るものは、何一つとして無い」
クロウの周りに拳大ほどの大きさの瓦礫が浮き上がり、集まってくる。
それは目で追える程度の、明らかに手を抜かれた速度で撃ち出され、クリストファを襲う。
「ッ!」
クリストファはすぐにシールドを張るが、それはクロウの、瓦礫を操るのとは別の念力に干渉され、瞬間、消失する。
守るものが何もなくなったクリストファの四肢に、瓦礫が食い込む。
威力を加減された瓦礫は、クリストファの命を脅かさず、ただ、痛めつける。
「ガッ、グッ」
腕に、足に、時折、顔や腹に小さい瓦礫が食い込み、クリストファを嬲る。
苦し紛れにシールドを張るも、そのたびに干渉され、シールドを消され、いくつもの瓦礫がクリストファを襲う。
ついには体を守るために腕を上げることも、立つことも、体を起こす力さえも奪われていく。
高慢な男は地面に転がり、自慢だった整った顔は腫れ、内出血で青痣ができ、目を反らしたくなる醜さに堕した。
「気付いていないようだから、もう一つ、教えておこう」
瓦礫を撃ち出すのを止めたクロウは、懐から自動式拳銃を取り出し、続けざまに10発、9mm弾を放つ。
銃弾は狙い
「ウ……ガ……グァ……」
「お前のバリアを無効化しているのは僕だ。つまり、さっきお前が調子に乗って建物に突っ込んでいる時にバリアを消せば、お前はとっくに壁のシミになっていたということだ。……お前はこの戦いの最初から、格下と侮った僕に、手加減されていた」
無数の打撲と10発の銃弾を浴びたクリストファは、手足は折れてあらぬ方向を向き、血まみれで、荒く息をつくだけの、まだ生きているというだけの、肉の塊となった。
それは、麻袋に詰められて焼却場に廃棄された10年前のクロウと、よく似た姿だった。
「……やっと、10年前の返礼ができたな」
クロウは静かにクリストファを見下ろす。
「……お前は、僕が立てた計画の中で、何一つ僕の予想を上回れなかった。お前は僕の想像以上に、無能だったよ」
クリストファの腫れあがった瞼の隙間から涙が滲む。
端から手を抜かれ、負けて嬲られ、さんざん蔑まれた悔しさに涙しても、クリストファの胸に反省や後悔といった殊勝な感情は浮かばない。
「なぜ」「どうして」「アイツが悪い」「自分は悪くない」「クロウが憎い」。
それが、自分が虐げてきたすべての人間が抱いた感情だと、気付きもしない。
生きていることが罪悪。そう呼ばれるのに相応しい心の醜さだった。
「もういいぞ」
クロウがいずこかに声を掛けると、少し離れたところに、滲むように一人の女が姿を現す。
それは死んだと思われていた、レイラ・ブルックスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます