こころ
「……見つけた」
滝澤の目が泉の縁で佇む緑髪の少女を捉える。滝澤は少女の背後に立つと、振り向いて言った。
「随分探したんだぜ、ナスカ」
視線の先でナスカが木の陰から姿を現した。
「……気づいてたのね」
「乙女のナスカがあんな大木を動かせるわけ無いもんな」
切り株に腰を下ろした滝澤が茶化すように言うと、ナスカは眉根を上げた。楽観的な滝澤とは違い、彼女は怒髪天の様相だった。
「ふざけないで。他の皆はどうしたのよ」
「旅館に置いて来た。ナスカも、俺だけを待ってたんだろ」
真剣な表情で言い放った滝澤を見てナスカはハンマーで胸を打たれたような気分に陥る。どうやってもこの男には勝てそうになかった。
「あんたねぇ……もちろん、二人には何か言って来たんでしょうね」
「あっ……」
はぁ……と、ナスカは溜め息を漏らす。
「それで、あんたは二人とは……」
「あの後も何もしておりません。誠でございます」
突然両膝を閉じてペコペコと謝り始める滝澤。彼のそういった不器用な真摯さが彼女は好きだった。
「だったら……」
「ん?」
頬を赤らめたナスカは滝澤に向けて両手を広げた。
「ん!」
異世界にもそういう文化があることを滝澤は知らなかったが、為すべきことは分かっていた。
「ごめんな、ナスカ。俺、ナスカのこと大事にしてなかった。ナスカは俺達のこと大切にしてくれてたのに」
滝澤は立ち上がり、ナスカの柔らかい身体を抱き締めた。滝澤の胸に顔を当てて、ナスカは胸の内を吐き出す。
「ヴィルとルナのこと、妻と娘って言ってたわよね。じゃあ、私はあんたの何なの?私は何になれるの……?」
滝澤は無垢な少女の叫びに頷き、微かに若草の匂いがする頭を撫でる。
「ナスカはナスカだろ。妻とか娘とかじゃなく、俺のナスカ。あ、俺のってのはおかしいか。でも、それ以外に思いつかねぇ。俺にとって、ナスカはナスカだよ」
「っ……!ば、バカぁ……!」
そう言いながらもナスカは滝澤から離れようとしなかった。滝澤は胸の辺りが涙でベタベタになるのも気にせず少女の思いを受け入れる。
ちなみに、滝澤の言葉は本心からであるものの、その意味するところを本人は意識していない。天然のジゴロである。
だが、この世界ではそんな甘い時間も長くは続かない。
「……ナスカ、俺が合図したら右に飛べ」
「……?」
「行くぞ、3、2、1、今!」
ナスカは滝澤の体から離れ、右へと身を滑らせた。対称に滝澤は左へ。先程まで二人が居た位置に巨大な木の枝が振り下ろされる。
「あー、確かに。さっき俺大木ぶった切ったわ。いや、森を傷つけたかったわけじゃないのよ?」
「ギシガシガガ……」
滝澤とナスカを襲ったのは森の賢人、トレントだった。彼が激昂している理由は滝澤が暴れ回っているからなのだが、もう一つの理由を彼らが知る由はない。
「滝澤、あんた木刀……」
加えて、彼は上裸である。防御も何も無い。
「そういや置いて来たわ。けどよ、俺は負ける気はないぜ。ナスカがついてるからな!」
「っ……!?」
ナスカの白い顔がボンッと朱に染まる。
「そっ、そんなこと言って負けんじゃないわよ!」
当たり前だ、と返す代わりに滝澤は拾い上げた木の棒をトレントの腕に当たる部分へと投擲し、突き刺す。
この男、さっきからたかが木の棒をまるで武器のように使いこなしているが、全力で握ると握力で持ち手が折れてしまうのでこれでも手加減している方である。
「ガガガガ……!」
「ほら、痛いだろ。俺らに絡むのは辞めた方がいいぜ。俺らあとは帰るだけだしさ」
暫しの間、滝澤と睨み合ったトレントは突き刺さった木の棒を己と一体化させる(原理は二人には理解できない)と、渋々といった様子で背を向けた。
だが、トレントは彼らを許した訳ではなかった異変を察知した滝澤が、ナスカに覆い被さる。
「ちょっ、急に何……」
ジュオオオオオオオ!
ナスカの言い終わらぬうちに熱風が滝澤の背に襲いかかった。あくまで、余波である。
「ナスカ、大丈夫か……?」
「あんたこそ。怪我してたら治すから。背中は大丈夫?」
「体だけは強いからな。……さて、何の用だ?テメェ……」
燃え滓と化したトレントの向こう側では青髪の少年が大きな書を片手に、驕傲な笑みを浮かべながら立っていた。さらにその隣には付き人と思われる白髪のメイドが明後日の方向を見ながら佇んでいる。色彩豊かな装飾の施されたマントなどを見るに、少年はこの世界においてかなり地位の高い者であるようだ。
「アリマ様、命中でございます」
「うん、悪くない仕上がりだ。俺の魔術の腕もそこまで落ちぶれてはいないらしい」
滝澤はすっくと立ちあがると、ズンズンと二人の方へと歩いていく。
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