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乗合馬車みたいなものもあるし、家紋のようなものが車体に装飾されているいかにも貴族や富豪の持ち物と分かる馬車や、荷馬車なんかも止まっている。様々な馬車が並んでいて、それを見るだけでちょっと面白い。こんなにも馬車に種類があるとは……。
「ここから先は馬車は使えない。降りるぞ」
イタリさんの言葉に従い、わたしは馬車から降りる。
なんでも、街中で馬車が走るのは、この国では禁止されているらしい。
人通りが多いにも関わらず、馬車が走り、事故が多発していたことを踏まえて、以前の王様が禁止したのだとか。今では、指定された区域で馬車を走らせると、とんでもない罰金が課せられるという。
そんな規則がある中、貴族の家紋の装飾があって、すぐに特定されるような馬車でその規則を破るようなことは出来ないということだ。イタリさんなら、どんな馬車だろうと、ちゃんと守りそうなものだが。
「――っ、凄い!」
馬車を降りて、すぐに街並みの様子が目に入る。わたしは感嘆の声を上げた。
車が入ることがないからか、元々道路だったと思わしき場所には露店が並び、人々で賑わっている。元の国では、必要最低限の用事以外では、家の中にいることを強いられていたから、こうして、馬車の窓という隔たりもなく街並みを見るのは初めてだ。
「人が一杯いるんですね」
見たことない光景に、わたしは一気にテンションが上がる。
「連れてきてくれてありがとうございます」
わたしがお礼を言うと「……たいしたことはしていない」と、イタリさんが少し、視線を逸らした。……もしかして、照れてる? まさかね。
「――……なにか見たいものはあるか?」
「見たいもの?」
イタリさんの問いに、わたしは思わず聞き返す。
「最低限の施設を効率よく回るつもりではいるが、僕と君とでは年齢も職も性別も違う。興味のあるものに差異があるはずだ。紹介し漏れがあるかもしれない」
ああ、なるほど。確かにそれは一理ある。人間と獣人で、そもそも種族自体も違うし。
でも……見たいもの、と言われて、思いつくことは何もない。今日、この日まで、周りの顔色をうかがって生きるのに必死で、趣味のようなものとか、そういったことは全然してこなかったから、何に興味があるか、と問われても、ハッキリ答えることができないのだ。
だからといって、なんでもいいです、というわけには……。折角提案してくれたのに、なんだか拒絶するみたいだ。何かないかな……とわたしは辺りを見回した。
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