17

 わたしの眠気は、風呂上りに傷の手当をしてもらったことで見事に吹っ飛んでしまった。捻挫の手当はともかく、擦り傷は非常にしみる。しかも、この国の塗り薬は妙に粘度があって、渇きが悪いからずっとしみるままだ。ちょっと泣きそう。


『――それしても、客人付きのメイドになるなんて、最悪』


『メノ! なんてこというの』


「……?」


 わたしの着替えが終わり、二人が何かを話始める。言葉の響きからして共用語っぽいけど、イントネーションが独特で聞き取りにくい。方言、かなにかなのだろうか。ヒスイさんのときはもっと聞き取りやすかったのに。


『だってそうでしょ。客人付ならイタリ様に合う頻度が上がるじゃない。……あのお方、怖いんだもの』


『だからって今言う必要ないでしょう?』


『いいじゃない、どうせ言葉が分からないんでしょう? このお嬢さんは』


 イタリさんの名前が出た……よね? このあとのことでも話しているのかな。それにしては、なにか、空気が険悪な気もするけど……。


『お姉ちゃんは真面目過ぎるのよ』


『貴女が不真面目過ぎるの!』


 ……なんだかすごく言い合いに鳴ってきてしまった。どうしたらいいの、これ。しかも、二人とも興奮しているのか、どんどん話すスピードが上がっていって、何を言っているか全く分からない。

 仲裁しようにも、せめてどうして喧嘩に発展したのか分からないと、何を言ったらいいのか分からない。


 わたしがおろおろしていると、メノさんの方が手早く、わたしに使ったタオルや治療道具を片付ける。


『それじゃ、真面目なお姉ちゃんはお嬢さんを案内して。イタリ様のこと怖くないんでしょ? アタシは嫌だから片付けの方をするわ』


 何かを言って、メノさんはタオルやわたしが元々着ていたドレスを持って、部屋を出て行ってしまった。わたしとシノさんだけが取り残される。


「あ、あの……何か問題でもおきましたか?」


「――! い、いえ、大丈夫です。お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません。メノの方が洗濯ものを回収しましたので、ワタシが食堂まで案内させていただきます」


 ……本当に、何を言い合っていたんだろう。大丈夫、というのが嘘なのは明らかだ。

 わたしはずっとこの世界の言葉を習得することが出来なくて、人の顔色ばかりうかがってきたから、誤魔化されたのがすぐ分かる。……シノさんの嘘、分かりやすかったから、わたしじゃなくたって嘘だと見抜けたとは思うけど。


 ……やっぱり、迷惑だったのかなあ。早く言葉を覚えて、仕事して生きていけるようになりたいけど……。ヒスイさんに言葉を教えてもらって、イタリさんが褒めてくれて、少しだけ上向いた気持ちは、さっきの二人の早い会話でボコボコにされていた。

 あのレベルを聞き取れる日が来るのかな……。

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