酒場での情報収集

 喫茶フィーカでの食事を終えた俺たちは店の娘から聞いた酒場に向かうことにした。

 ここまでの旅の疲れもあり長めの滞在になったことで、店の外に出ると夕方になっていた。

 時間の感覚的にバラムよりも日没が早いように感じられた。

 

 四人でフィーカから少し歩くと聞いた通りの場所に酒場があった。

 国が違えど店の外観は大きく変わらないようだ。

 一目でそれが酒場であると気づくことができた。


 ダークエルフのラーニャが目立ってしまうかもしれないが、本人は普段通りの面持ちだった。

 彼女自身が情報を求めている以上、気を回しすぎる必要もないだろう。

 クリストフを筆頭にして順番に店内に入った。


 意外にも店の中は明るく、来る者を拒むような気配はなかった。

 冒険者がいないからなのか、荒くれ者がグラスを傾けるような様子もない。

 日暮れまではもう少し時間があり、店内の客足はまばらだった。


「顔見知りがいるわけでもないですし、まずは店主と話してみますか」


 ラーニャに質問を投げかけると頷いて返してくれた。

 リリアとクリストフも同意を示している。

 元冒険者ということで、こういった状況では俺の経験を活かすことができる。

 フィーカの娘から店主の特徴を聞いているので、見極めるのは難しいことではない。

 

 他の客の視線を感じながら、横並びでカウンター席に腰を下ろした。

 カウンター越しに何かのドリンクを作っている店主は三十代位の男性だった。

 従業員は他に給仕をする二十歳ぐらいの女性が一人いる。

 店内はカウンター以外にもいくつかテーブルがあり、店主一人で切り盛りするのは難しそうな広さである。


「――いらっしゃい」


 店主は作業に区切りがついたところで、俺たちに声をかけた。

 口元にひげを生やしており、少しダンディな雰囲気がある。


「初めてなんですけど、ドリンクは何が作れます?」


「気にすんな見りゃ分かる。メニューはあそこにある、決まったら声をかけてくれ」


 こちらが客ということで突き放すような感じはないものの、店主は注文された品を用意するために忙しそうにしている。 

 先に注文を済ませるとして、情報収集は落ちついてからがいいだろう。

 仲間たちにも聞こえていたようで、三人とも壁にかけられたメニュー表に目を向けていた。


 それからリリアとクリストフはエール、ラーニャはワイルドベリーのジュースを注文した。

 俺は彼らが注文を終えた後にグラスワインを頼んだ。

 店主はそれらの飲みものを提供した後も忙しそうにしており、なかなか声をかけるタイミングが掴めなかった。


 それから入店して時間が経つほどに客足が増えてきた。

 混雑してからでは店主と話すのも難しくなりそうなので、彼の手が止まった隙を突くようなかたちで声をかけた。


「少し前に別の店で、ここなら周辺の情報が集まると聞いいんですけど……」


「おお、そうか。旅人なら重要なことだな。今日は手伝いが少なくて手が離せないから、ちょうどいい常連を紹介してやるよ」


 店主はそう言って他の席にいた男性客に呼びかけた。

 彼の名はエーメリというようで、エールの入ったジョッキを手にしたままこちらに近づいてきた。


「旅人たちがカルン周辺のことを知りたいとよ」


「マジかよ、そんな義理はねえと思うけどな」


「旅人には親切にしろというのが先代からの習わしだ。一杯無料にしてやるし、それぐらいいいだろ」


 エーメリは酒がタダになることに釣られたかのように不満を述べることをやめた。

 横柄な態度を改めて近くの席に座り、ほろ酔い加減で話しかけてきた。


「お前さんたち、エスタンブルクの者じゃねえな」


「ランス王国から来ました」


「へえ、そいつはずいぶん遠くから」


 エーメリは驚いた様子を見せた後、ジョッキを傾けた。

 のどを潤した彼はそのまま話を続ける。


「ランスっていうとエスタンブルクよりも温かい国だろ? こんな寒い土地にどんな用があるんだ?」


「……ええと」


「――私の家族を探すことが目的だ」


 俺が言いあぐねているとラーニャが助け舟を出すように言った。

 エーメリは彼女に目を向けた後、次に口を開くまでに妙な間があった。


「……うーん、ダークエルフか。まだこの国にいたのか」


「何か知っているのなら教えてくれ。情報が不足している」


「がははっ、おれの知ってることは教えてやろう」


 ラーニャはいつもと変わらぬ様子だったが、エーメリの言葉に期待を持ったように身を乗り出した。

 エーメリは少し怯んだ表情を見せつつ、気を取り直したように口を開く。


「エールのつまみがいるな」


「すみません、彼に何か料理を……支払いは俺たちの方につけてください」


「あいよ。ちょっと待ちな」


 店主はせかせかと調理を進めていたが、注文してすぐに料理の乗った皿が出された。

 それを見たエーメリは上気した顔をほころばせて、カウンターテーブルに用意されたフォークに手を伸ばした。


「いやー、ここの腸詰めは最高のつまみなんだよ」


 クリストフはエーメリの様子を静観していたが、元冒険者の俺としては相手に自由にさせすぎていると思った。

 少しばかりなら強く出てもいい頃合いだろう。


「そっちの要望には応じたので、きっちり情報を教えてください」


「あ、ああ、悪い悪い。ダークエルフについてだな。そんな焦らなくても話すって」


 さして圧力をかけたわけではないが、エーメリは驚いた様子で手を止めた。

 彼は俺たちの方に向き直り、おずおずと口を開く。

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