ピザを囲む四人

 思わず手を伸ばしそうになるのを我慢しつつ、リリアたちがやってくるのを待つ。

 やけに長く感じられる時間の後、三人が食堂に入ってきた。

 俺以外に誰もいなかったので、人の気配が増えてにぎやかになる。


「マルク殿、お待たせしました」


「いやまあ、お構いなく……」


 内心、お腹空いたなーと思っていたが、品行方正なリリアにあからさまなことを言うつもりはなかった。

 彼女ほどの人格者に不満を持てるわけがない。

 

「これがピザというものか。いい匂いがしている」


「ダークエルフの里にピザはなかったんです?」


「あそこでは質素な食事が中心だ」 


 ラーニャはそう答えた後、取り皿の置かれた席に腰かけた。

 彼女に続いてリリアが椅子に座り、クリストフも腰を下ろす。


「マリオさんが切ってくれたので、すぐに食べられますね」


 それぞれ順番に一切れずつ手に取り、自分の皿に乗せる。

 実際に触れてみて思った以上に熱かった。


「ちなみに焼きたてで熱いので、口に入れる時は注意してください」


 念のためにと注意喚起すると、ラーニャがハッとしたように顔を上げた。


「……危ないところだった。お前の説明がなければ、口にいれるところだったぞ」


「あつあつにとろけたチーズが口に入ると大変です。冷ましながら食べてください」


 肝を冷やした様子のラーニャを微笑ましく感じたが、あまり笑うと逆鱗に触れそうなので声を潜めておいた。

 彼女が怒ると怖そうなので、冗談抜きに洒落にならない。


「じゃあ、ピザが行き渡ったみたいですね」


「では早速、食べるとしよう」


 皆でいただきますのかけ声をするタイミングかと思いきや、ラーニャが一番乗りでピザを口に運ぶ。

 そのままなし崩し的に順番にピザを食べ始める面々。

 気がねなく食べられそうな雰囲気になり、俺も三人に続いた。


 ピザはまだ冷めておらず、掴むと生地全体に熱が残っていた。

 とろけたチーズの扱いに注意しながら、ゆっくりと頬張る。


「……これは美味しい」


 味つけはシンプルでトマトソースとオリーブオイルの風味が中心だった。

 さらにチーズの旨味と生地の食感が重なり、最高のバランスを生み出している。

 噛めば噛むほどにトッピングの野菜が口の中に入り、新鮮でみずみずしい味わいが口いっぱいに広がった。


 ちらりと反応を見てみるが、全員がピザに夢中になっている。

 ラーニャの表情がいつもより緩んでいるようで、ピザを気に入ったのだと思った。


「というか三人が食べるペース、けっこう速いですね」


 自分の分がなくなるほどではないが、すでに皿の上にスペースが空いている。

 そこでマリオが二枚目を持ってきてくれないかなーと思ったところで、ちょうど本人がやってきた。


「――お待ちどお。こっちは鳥肉とチーズのピザです」


 一枚目はトマトソースで赤色が中心だったが、こちらはチーズが全体に広がっているため、生地の上はクリーム色に染まっている。

 こちらも同様に焼きたてのようで、ほくほくと湯気が浮かんでいた。

 チーズ全体に焼き目がついていて、仕上がりも完璧だった。


「火の入れ加減が絶妙ですね。焦げる直前じゃないですか」


「いつも同じ火力で焼いてれば慣れるもんです。まあ、慣れない具材だったり、生地の厚みをいじったりした時は焦がす時もあります」


 マリオは気恥ずかしそうな様子で頭に手を置いた。

 ピザに視線を戻すと切れ目が入っており、すぐに食べられるようになっている。

 仲間たち――特にリリアとラーニャ――はおかわりを欲しそうにしているので、お預けを長くするのも気の毒だろう。


「じゃあ、今度はこのピザを食べましょうか」


「そうだな」


「はい!」


 二枚目のピザを手に取り、それぞれの皿へと運ぶ。

 最初に説明を済ませておいたので、ラーニャはチーズの熱さに注意を向けている。

 ダークエルフは口の中が丈夫――などということがあるわけないので、うっかり口に入れていたら、大惨事になっていただろう。

 少しの間、彼女の様子に気を留めた後、自分の皿に乗せたピザを食べることにする。


 今度のピザはチーズたっぷりで鳥肉が使われており、あっさりとした味が予想される。

 温度に気をつけながら生地の部分を掴み、慎重に口の中に運ぶ。

 最初に生地の感触が伝わった後、チーズの風味が口全体に広がっていく。


「――おおっ、すごい濃厚だ」


 思わず感想が漏れるほど、しっかりした味のチーズだった。

 今までに食べたことのない深い味わいを感じる。


「二枚目はチーズがメインなんで、種類が違うんですよ。国内の酪農家が作ったものでこだわりの逸品です」


 マリオの説明を聞いた後、レンソール高原のことを思い出した。

 あそこはランス王国の領内だが、デュラス公国と近い距離にある。

 近隣は酪農が活発に行われているのだと思った。


 食べ始めたところでチーズに注意が向いていたが、噛み続けるうちに鳥肉の味が伝わってきた。

 昨日の夜に食べたのと同じ種類のようで、この味には覚えがあった。

 お互いの長所を高めるようで、チーズとの相性がいいように感じる。


「皆さんが美味しそうに食べてくださるんで、とても気持ちがいいもんです。そういえば、飲みものがまだでしたね。すぐ用意します」


 マリオはそそくさと調理場の方に戻っていった。

 彼が満足そうな表情を見せていたのに気づいて、同業者の自分も同じように心が満たされるように感じた。

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