マリオ特製の石窯で焼いたピザ その1

 協力を申し出るとマリオが食堂の方に行って、すぐに戻ってきた。

 彼の雰囲気から食材の確認をしてきたように見える。


「それではマルクさん、食材のカットをお願いします。詳しい説明はこっちで」


「分かりました。ぜひ教えてください」


 マリオは残る三人に適当にくつろいで待つように言った後、こちらを先導するように食堂の方に向かった。

 彼に続いて移動すると、そのまま調理場の方に入っていった。


「野菜がいくつか揃ったのと生地をこねたい気分で、ピザにしようと思います」


「すごいですね! そういえば、オーブンや窯は見当たらないですけど」


「いやー、薪を燃やすと煙が大変で。外に設置してあるんです」


 俺はマリオの説明に頷いた。

 調理場はそれなりにスペースがあるものの、風通しをよくしたところで、しっかりした換気扇がなければどうにもならない。

 それこそ日本の焼肉屋にあるような吸気口みたいなものがあれば完璧だ。

 しかしながら電動の換気扇は存在しないので、屋外に窯を設置するのは自然な流れだといえる。


 マリオは一人で経営しているだけあって、とても手際がよかった。

 会話の途中だったかと思えば、いつの間にか野菜の下洗いを終えている。


「ここにまな板と包丁は置いときます。切り方は大丈夫ですよね?」


「ええとピザに乗せるなら、ぶつ切りでいいですか?」


「火力強めで火は通るんで、大まかでもいけますよ」


 笑顔を浮かべたまま説明を終えたマリオは調理場の裏口から外に出た。

 窯を使うには火が必要なので、生地を作る前に火起こしに向かったのだろう。


「……それにしても」


 焼肉屋の店主として肉の切り方に自信があるわけだが、こうしてピザに使う野菜を切るような機会はない。

 店で出すサラダもそこまで細かいことは考えずに盛りつけていた。

 お客に出すためではないと分かっていても、見映えや火の通り方を考えてしまう。

 

 少しの間まな板の前で固まっていたが、そもそも細かな火力調整をしないことを思い出して、アバウトな切り方でもいいと考えるようにした。

 そう捉えることで気持ちが軽くなり、自然と包丁を握っていた。

 ピザを作ることなどないせいか、考えすぎてしまった面もある。


 手始めにピーマンのカットから取りかかる。

 上下のヘタの部分を落とした後、真ん中の種の部分を抜いて輪切りにしていく。

 扱いが難しくないこともあり、あっという間に用意された分を切ることができた。


「さてと次は……このキュウリみたいなのはズッキーニだな」


 マリオの畑は栄養が豊富なようで、しっかりとした太さがある。

 採れたての野菜だけあって、新鮮で潤いの感じられる鮮度だった。


「これもそんなに難しくないか」


 ピーマンと同じように上下の先を切り落として、食べやすい厚さに切っていく。 

 包丁が通らないほどではないものの、栄養が行き渡っているのを示すように張りがあった。

 ズッキーニのカットを終えると、まな板の横に置いた容器に二種類の野菜が盛られた状態になった。

 こうして成果が見えることでやりきった感がある。


「……あっ、まだ他の野菜もあるんだった」  


 充実感に浸りかけたところで、今度はトマトを切り始める。

 そのまま集中して作業を続けているとマリオが戻ってきた。


「これはこれは順調みたいで」


「やり始めたらハマってしまって。簡単な作業でも没頭できるといいですね」


「ははっ、分かります」


 マリオは言葉を交わしつつ、エプロンを身につけて小麦粉の入った紙袋を取り出した。

 手慣れた作業で材料を集めては合わせていき、あっという間にピザ生地が完成していった。

 彼はできあがった生地に目を向けながら話を続ける。


「今回は短時間の発酵にしました。予約がある日の食事に出す時はもう少し待つんだけど。デュラス産の小麦粉を使ってるんで、味は保証します」


「それはもうピザは専門外なので、マリオさんに一任しますよ。これで食材と生地が揃ったので、あとは焼くだけですか?」


「まさにその通りです」


 マリオは自信を感じさせる笑みを浮かべた後、完成した生地の上にオイルやチーズをかけていった。

 そうしてベースができたところで、俺がカットした野菜を並べていく。

 焼く前の段階は完了して、きれいに盛りつけされたピザが調理台の上に数枚ある状態になった。


「せっかくなんで、お三方にも焼くところをお見せしようと思います。よかったら、呼んできてください」


「それはもちろん」


 俺は調理場を出て、先ほどのロビーに戻った。

 足を運んで三人を探そうとすると、揃って椅子に腰かけている状態だった。

 ダークエルフ一人と兵士が二人。

 ラーニャはともかく、体力自慢の二人でさえもたくさん歩いたことで、ちょっとだけお疲れの様子だった。


「すいません、ちょっといいですか?」


 疲れて休んでいるのかと思いきや、リリアが目を輝かせてこちらを見た。


「マルク殿、ついに完成ですか?」


「いやその、これから焼くところなので、マリオさんが見せたいという話です」


「これは失礼しました。私としたこが……。焼くところ、ぜひ拝見させてもらいましょう」


 リリアは好反応だったが、残る二人はあっさりしたリアクションだった。

 一応、確認のために声をかけてみる。


「あの、ラーニャさんはどうします?」


「私はもう少し座っている。完成したら呼んでくれ」


「分かりました。クリストフさんは?」


「…………」


 どうしたのだろう。

 彼が無視するはずがないのだが、なぜか返事がない。


「マルク殿、クリストフはうたた寝をしているようです。この先のルートを地図で調べたり、考えたりしていたようなので、寝不足なのでしょう」


「あっ、なるほど」


 俺の位置からはクリストフの顔が見えないわけだが、あえて覗きこむようなことは控えておいた。

 ひとまず、リリアと二人でマリオのところに戻ることにした。

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