閑散としたペンション
こうしてデュラス公国の領内を移動しているとレンソール高原のことを思い出す。
たしか冬には雪に覆われるほどの寒さになるらしい。
ランス王国も同じだが、この国もなかなかに広大な面積がある。
エスタンブルクまではもう数日はかかりそうだ。
ナロック村を出たのが昼をすぎていたため、すでに夕方になっている。
リリアかクリストフに今宵の宿について確かめた方がいいだろうか。
「この辺りは町や村がなさそうですけど、宿はどんな予定ですか?」
「もうそろそろペンションが見える頃だから、そこに泊まるつもりさ」
クリストフは手にした地図を眺めたまま答えた。
御者を務めるリリアに何かを伝えている時があったので、すでに彼女には共有してあるのだろう。
行程を彼らに任せて窓の外に目をやると、どこまでも広がる森林の上に浮かぶように夕日が差していた。
やがて道の先に木造の二階建ての建物が見えた。
外観の雰囲気からして宿泊施設で間違いなさそうだ。
「うんうん、地図通りだね。あそこがペンションだ」
クリストフが満足げに頷いた。
馬車は徐々に減速して敷地内の脇に停まった。
「お疲れ様でした。これで今日の移動はここまでですね」
俺は必要な荷物を手にして下車するとリリアに声をかけた。
彼女は馬の働きをねぎらうように撫でているところだった。
「ありがとうございます。馬車の御者をすることはあまりないのですが、揺れは大丈夫でしたでしょうか?」
「道も平坦でしたし、全然気にならなかったですよ。俺も乗馬は平気ですけど、馬車は勝手が違うから戸惑いますよね」
「ふふっ、マルク殿もそうなのですね」
二人で話しているとラーニャとクリストフも下りてきた。
全員が揃ったところでペンションへと向かう。
「こんなところでやっていけるんですかね?」
「デュラス公国の中心からは外れているから、訪れる者は少ないんじゃないかな」
「敷地と建物は手入れされているので、営業してるといいですけど」
そんなことを話しつつ、ペンションの玄関から中へと入る。
大きめの山小屋といった内装で素朴な印象を受けた。
「ペンションメゾンへようこそ」
短髪にひげをたくわえたおじさんが姿を見せた。
エプロンを身につけており、ここの従業員だと思った。
「どうも、今晩四人で泊まれるかい?」
「部屋の空きはありますんで、泊まって頂けます。あいにく、この付近には食事のできる店がないもんで、こちらでご用意してもよろしいですか?」
「みんな、それでいいよね?」
クリストフの質問に三人が首肯で応じて、夕食はここで食べることになった。
おじさんの名前はマリオだそうで、ペンションの店主ということが分かった。
彼は人数分のカギを手にして、そそくさとカウンターから戻ってきた。
「どうぞ、四部屋分のカギです」
クリストフが代表で受け取って一人に一つずつ配った。
俺の部屋番号は二番だった。
「それじゃあ、夕食まで解散ということで」
俺たちはロビーで分かれて、各自自由行動になった。
フロアマップで部屋の位置を確認して荷物を置きに向かう。
廊下を少し歩いた先の部屋で二階に上がる必要はなかった。
ドアが閉まっていたので開錠して中に入る。
室内は簡素なレイアウトでベッドとちょっとした家具があった。
俺は荷物を床に下ろして、窓の外を眺めてみた。
「日が傾いてだいぶ暗くなってきたな」
ペンションの周りは切り開かれた土地だが、その先は森になっている。
視線をそのままに眺めているとマリオの姿があった。
そろそろ調理に取りかかる必要があるはずだが、食材を探しに行くのだろうか。
「……ちょっと覗いてみるか」
料理に関することとなれば興味が引かれる。
夕食までやることもないので、マリオのところへ行ってみることにした。
ペンションの玄関を出て少し歩いたところで、彼の姿を見つけることができた。
「すみません。何をされてるんですか?」
「ああ、お客さんの……マルクさんでしたか」
「はい、そうです」
「夕食用の野菜を掘るところです。あそこに畑が見えるでしょ」
マリオが示した先に作物の生えた畑があった。
暗くなってきて分かりにくいものの、パッと見た感じでは数種類の野菜が植えられている。
「獣害対策の設備が見えませんけど、シカやイノシシの食害は問題ないですか?」
「この辺りは街道近くで人通りもあるんで、滅多に見ないですよ」
会話に夢中でマリオが畑に行くところを呼び止めてしまったことに気づく。
「これから作業なのに、止めてしまって失礼しました」
「四人分を掘るだけなんで、お構いなく」
マリオは爪のついた鍬のような道具で土を掘っていく。
あっという間に数本のネギのような野菜が地面に並んだ。
「リーキは新鮮な方が美味しいんで、こうして採れたてを使うんですよ」
軸の太いネギのような野菜で王都で見かけたことがある。
バラム周辺では見かけることがなく、俺自身はほとんど使ったことがない。
「俺はランス王国のバラム出身なんですけど、どんな味か興味が湧きました」
「へえ、リーキに興味を持つなんて珍しい。料理をするんですか?」
「一応、バラムで自分の店を経営してます」
「そいつは面白い。よかったら、調理場も見ます?」
「はい、ぜひ!」
俺はマリオと二人で畑を後にした。
山の向こうで日が沈み、徐々に空気が冷えて虫の音が聞こえていた。
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