蒸し風呂で整う

 ドラゴンステーキは予想を超える人気ぶりだった。

 俺は焼肉を食べ慣れていることで特別な感じはしないものの、リリアとクリストフだけでなく、村の人たちにも好評で手応えを覚えた。


 ちなみに途中で分かったことだが、用意してくれた焼き台と網はイノシシや大型の鳥を丸焼きにするもので、切り分けた身を焼くようなことはしないそうだ。

 村の人たちに手伝ってもらう中で、時折ぽかんとした表情が垣間見えたのはそういう理由だったと納得した。

 どうしてそうなのかまでは分からないものの、焼肉のような食べ方をすることはないようだ。


 ドラゴンの肉を焼く会は盛況のまま幕を閉じて、食べきれなかった分は燻製にして村の保存食になるということだった。

 ホワイトプラムがグレイエイプの食害にあってしまったが、この保存食のおかげで当面は乗り切れるとジョエルはうれしそうにしていた。


 ドラゴンを焼いたり、後片づけをするうちに日が傾き始めた。

 広場の周りでは祭りの後の余韻のようなものがありつつ、徐々に静けさが戻っているところだった。


「お疲れ様でした。ドラゴンステーキ、とても美味しゅうございました」


「いえいえ、満足して頂けたのなら、それに勝るものはありません」


 広場の端で村人にもらった湧き水を飲んでいると、ジョエルが声をかけてきた。

 彼とは出会ったばかりだが、だいぶ打ち解けた気がする。

 ここしばらく村長としての気苦労があったはずで、それに負けずに役割を担うところに敬意を抱いていた。


「これで調理も終わりでしょうから、蒸し風呂はいかがですか?」


「いいですね。炭火が近かったので、汗と煙の匂いを流したかったところです」


「ではこちらへ」


 湧き水の入ったグラスを広場にいる村人に渡して、ジョエルに従って足を運んだ。

 村の中を歩いている途中で着替えや風呂の用意を持っていないことに気づく。


「すみません。宿に着替えを取りに行ってもいいですか?」


「それでしたらご心配なく。こちらでご用意しました」


「お気遣い感謝します」


「とんでもありません。グレイエイプを追い払うだけでなく、ドラゴンまで倒してくださって……。クリストフさんが王都に通達を出してくださるそうなので、モンスター使いの男もこの村を狙い続ける可能性は低いでしょうな」


 ジョエルの声からはこれまでの葛藤が伝わってきた。

 危険なモンスターを倒すのに冒険者を雇えば報酬は高額になり、王都までは距離が遠いだけでなく、頼みごとをするには敷居が高い。

 カタリナを筆頭にリリアたちも尽力しているが、王家と庶民には多少の隔たりがある……ただ、それが一概に悪いとは思えない。

 ランス王国の広い領土を治めるには王家の威光が必要なこともあるだろうし、盗賊やならず者をのさばらせないためにも、権威が功を奏することもある。


「……これでひとまず安心ですね」


「はい。皆さんが村を訪れたことが幸運でした」


 ジョエルはしんみりとした調子で言った後、ハッとした様子で顔を上げた。


「いやはや、失礼しました。これから蒸し風呂ですっきりして頂くというのに」


「そんな、気にしないでください。俺自身、村の人たちの役に立てて光栄です」


「うれしいことを言ってくださる。ええそれで、あちらが蒸し風呂用の小屋になります」


 ジョエルが手を掲げて示した先にはこじんまりとしたログハウスがあった。

 その隣には簡素な掘っ立て小屋みたいなものも見えた。


「着替えはあちらでお願いします。湯浴み着と服の替えはこちらです」

 

 彼は小屋の方を指して説明した。

 まとまった何かが入った布袋を渡されて、袋の中を覗いたら言われた通りのものが入っていた。


「それと問題ないかと思いますが、更衣室は男女別になっておりますので」


「ははっ、大丈夫です。間違いません」


「ではごゆっくりどうぞ」


 ジョエルは深々と頭を下げて、元来た方へと引き返した。


「さあ、蒸し風呂に入るとするか」


 更衣室用の小屋は数人入れば窮屈になりそうな狭さだった。

 壁際に数段の枠が組まれて、効率よくスペースを使えるように工夫されている。

 そもそも観光に来るような村ではないので、大人数での使用を考慮しない構造でもおかしくはないだろう。


 俺は炭と煙の匂いが染みついた衣服を脱いで、手渡された湯浴み着を身につけた。

 ランス王国では男女混浴のところもあり、日本の温泉よりも欧風のスパに似たところが多い。

 そのため、湯浴み着を使うことは一般的だった。


 小屋を出て蒸し風呂のある方へ歩き出すと外は肌寒かった。

 そそくさとログハウス風の小屋の中へと足を運ぶ。

 ドアを開いて中に入ると先客の姿があった。 


「やあ、マルクくん」


「お先に入らせて頂いてます」


 リリアとクリストフがこちらに笑みを見せた。

 二人は気持ちよさそうに汗をかいている。


「いやー、これはいいですね。種類は分からないけど、薬草の香りが充ちていて」


 熱源となる釜は中央の壁際に置かれており、香りを出すための薬草が入った布袋がいくつか目に入る。

 蒸し風呂のに中にいると、さわやかで抜けるような香りが鼻腔を通過していく。

 クリストフが手招きするのが見えたので、彼の隣に腰を下ろした。


「これはいい汗が出そうだ」


「僕らは二度目だから。気持ちよくて癖になりそうだよ」


 リリアとクリストフと話していると、じんわりと汗が浮かんできた。

 しばらく座っていたが、熱くなってきたので思わず外に出る。


 近くに設置された湧き水を手桶に入れて全身に浴びると、汗から何から余分なものが全て流れるような心地だった。

 リリアとクリストフが惹かれるのも分かる気がした。

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