ドラゴンスレイヤー

 ラーニャの指示を受けて、クリストフはレッドドラゴンの近くに移動した。

 呼吸を整えるようにそっと目を閉じた後、カッと目を見開いて真上に跳躍した。


 剣を上段に構えて重力を味方につけるように振り下ろす。

 レッドドラゴンは凍りついていたが、固いことなど無意味なようにスパッと刃が通り抜けた。

 腕っぷし任せではない、流れるような一振りだった。

 剣の切れ味がいいこともあると思うが、レッドドラゴンの首と胴体が真っ二つに分かれている。


「いやー、君たちの魔法はとんでもないね!」


 クリストフは開口一番、にこやかな表情で言った。

 満面の笑みを浮かべる彼を前にして照れくさい気持ちになる。


「ラーニャさんの魔法が強力だったので。俺は力を加えた程度です」


「マルク殿も見事でした。これは力を合わせた結果でしょう。仲間として誇らしいです」


 ふと気づけばリリアが近くに来ていた。

 仲間という言葉に認められたことへの喜びを覚えた。


「これからどうします? モンスター使いを追うのは難しそうですけど」


 レッドドラゴンの亡き骸の近くで話を続ける。

 ラーニャとクリストフも加わり、四人で輪の状態になった。


「僕らは地理に詳しくないから、追跡は危険だと思うよ。ドラゴンをそのままにしておけないし、まずは村の人と協力して片づけよう」


「そうですね。まずはそうしましょうか」


 俺とラーニャが残り、リリアとクリストフが村へと引き返すことになった。

 日頃から鍛えている二人が戻る方が早いためだ。


 リリアたちが離れて、ラーニャと二人きりになる。

 ひとまず、近くの座りやすそうな切り株に腰を下ろした。 

 彼女も手近なところに座った。


「気になったことがあるんですけど、たずねてもいいです?」


「どんなことだ。言ってみろ」


 鋭い目線はそのままに、ラーニャは無愛想な声で応じた。

 相変わらずな様子ではあるが、取りつく島もないというほどではない。


「あれだけの魔法があれば、そこらの山賊が相手なら蹴散らせると思いました。人質を取られたのは痛かったですね」


「それだけではない。後手に回ったのがよくなかった……」


 ラーニャはそれだけ口にして、後悔を表すように俯きがちになった。

 意図したわけではないが、デリケートなことを訊いてしまった気がした。


「相手がどうあっても、今回は成功させましょう。ダークエルフの人たちを解放できるように」


「……そうだな」


 ラーニャは初めて笑みを見せた。

 不器用でぎこちない表情を浮かべる彼女を前にして、ほんのわずかでも心を許してくれてよかったと思った。


 その後は会話が途切れ、しばらくしてリリアたちが戻ってきた。

 村の人たちが協力してくれるようで、後ろに数人が続いている。

 

「いやはや、グレイエイプだけでなく、ドラゴンまで出るようになったとは……。皆さんがいなければ、危うい状況でした。心からお礼を言わせてください」


 レッドドラゴンの近くに集まったところで、村長のジョエルが深々と頭を下げた。

 彼に合わせるように他の村人もそれに続いた。


「ナロック村の方々、どうか頭を上げてください」


 リリアが優しげな表情で諭すように伝えた。

 おそらく、村で報告した時も同じ場面があったのだと想像できた。


「竜退治となれば、どれだけの報酬が必要なのか見当もつきません。どう感謝を伝えればいいのやら」 


「先ほど聞いた限りでは、あちらのダークエルフの女性がドラゴンを倒されたのでしょうか?」


 ジョエルはおろおろとしており、村人の一人がラーニャについてたずねた。

 それを受けてリリアがうれしそうに応じる。


「はい、その通りです。彼女がいなければ、ここまで簡単にはいきませんでした」


「危険な相手によくぞ立ち向かってくださいました。本当にありがとうございます」


「「「ありがとうございます!」」」


 村人たちに感謝されて、ラーニャは照れくさそうにそっぽを向いた。

 それでも、まんざらでもないようで、彼らに応じようとしている。


「あの程度のドラゴン、どうといったことはない。それにもっと大きなものもいる」


「ひぇっ、これよりも大きいのがいるんだってさ」


 村人の一人が心底から怖がるような声を上げた。

 抵抗する術(すべ)がなければ、嵐がやってくるようなものだろう。

 かき消すことはできず、災禍が去ることを息を潜めて待つことしかできない。  


 近づいて眺めてみると、その巨体に圧倒される。

 固く赤い鱗に覆われており、これを解体するのは苦労しそうだ。

 そんな杞憂を打ち払うようにジョエルが首の落ちた胴体を叩いた。

 ペチペチと気の抜けるような音がしている。


「わしらはイノシシを解体することもあります。鱗さえ剥がせれば、あとはどうにかなるでしょうな」


「それなら、僕らの剣が一役買えそうだね。リリアと二人でやってみるよ」


「国王陛下に認められた鍛冶師が作っているので、実はちょっとした名剣です」


 鞘から剣を引き抜いたリリアが遠慮がちに言った。

 村人たちが持ってきた鉈は解体向きだが、切れ味の面ではリリアたちの方が上だろう。

 仕事の早い二人はすぐさま鱗を剥がすように剣を振り始めた。

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