ホワイトプラムとグレイエイプ

 緩やかな坂道はずっと続き、進行方向は小高い丘になっていた。

 ジョエルと確認した際に丘の向こう辺りにホワイトプラムの木が生えているという話だった。


 意外にもラーニャは不満を口にすることなく、歩みを合わせている。

 おそらく、彼女なりにジョエルの力になろうという考えなのだろう。

 初対面の時、ダークエルフは血も涙もないような種族なのかと不安を覚えたが、さすがにそこまで冷酷なわけではないようだ。

 アデルたちのようなエルフに比べて、ダークエルフを見かけることはないので、想像上の存在と接するような手探りな感じがあったのは否めない。


「……丘の向こうから妙な気配を感じる」


 ラーニャがおもむろに口を開いた。

 彼女の発言に俺だけでなく、リリアとクリストフも注目した。


「ラーニャさんは勘が鋭いんですか?」


「勘……人族はこの感覚をそう呼ぶのか。私からすれば特別なことではない」


「分かりました。俺は何も感じなかったので、そういうのが分かると心強いです」


「お前たちに何かあっては寝覚めが悪い。少しぐらいは力を貸してやる」


 素直ではないのだが、彼女なりの意思表示だと思われる。

 協力しようという姿勢を示してくれるだけで十分だった。


 そこから会話が途切れて、皆一様に口を閉じた。

 ラーニャが言及したことを意識しているのだろう。

 自然と身体に力が入り、護身用の剣の状態を確かめた。


 重たい沈黙が続いたまま、 やがて丘に到着した。

 草原に囲まれた眺めのいいところだが、そんな情緒に浸っている余裕はない。

 丘を越えてさらに足を進めると今度は緩やかに下っており、その先に小川が流れていた。

 その流れを境界線にするかたちで、内側に見たことのない木々が生えている。


「……あれがホワイトプラムの木」


 名前からして果樹であることは間違いないのだが、それらしき実はほとんど見られない。

 先ほどのラーニャの言葉に誤りがないのなら、グレイエイプがいつ現れてもおかしくなかった。

 するとそこで木々のざわめきが耳に届いた。

 

「――敵襲!」


 クリストフが声を張り上げると同時に剣を抜いた。

 まだ間合いに入っていないため、魔法の発動に意識を向ける。

 その名の通り、灰色の毛をしたゴリラのようなモンスターが襲いかかってきた。


「僕らが前衛で捌くから、君たちは魔法で牽制してくれるかい?」


「はい、もちろん」


 クリストフはそれだけを確認してリリアと二人で前に出る。

 剣を手にした二人からは気迫が感じられて、そこらの冒険者が束になっても敵わないだろう実力があるように悟った。


 モンスターとはいえ、できる限り殺生はしたくない。

 しかし、そんなことを言っていられないほど、グレイエイプは凶暴だった。

 先頭の一頭がクリストフと接触して戦闘が始まる。


 グレイエイプは大きな木づちを振り回すが、クリストフは間合いを離して動きながら危なげない距離感で回避している。

 そして、隙が生じたところを狙いすましたように剣戟を見舞った。


「……すごい。目で追いきれなかった」


 クリストフに感心する間もなく、続けてリリアが戦いを始めていた。

 軽やかな動きで攻撃を回避して、無駄のない動きで連撃を見舞った。

 的確に急所を捉えたようで、斬られたグレイエイプはその場に倒れこんだ。


 二頭のグレイエイプが倒れたところで、ラーニャがリリアたちに近づいた。   

 何か意図があるのかと思い、俺も彼らに接近する。


「わずかな機会だが、私もグレイエイプを見たことがある。しかし、ここまで凶暴ではなかった。何者かに操られているというのは本当だろう」


「それで、わざわざ話に来たってことは何かあるんだよね?」


 緊迫する状況に変わりはないのだが、クリストフが軽い調子でたずねた。

 この程度の相手ならば脅威に感じないという余裕が窺えた。


「薬か魔法かは分からないが、私の魔法で解除できるかもしれない」


「無益な殺生は好みません。グレイエイプを殺さずに済むのならお願いします」


「やってみよう。その間、攻撃されないように頼む」

 

「任せてください」


 どうやら、本来のグレイエイプは様子が違うらしい。

 それを何らかの魔法で解除するということか。


 ラーニャはそっと目を閉じて、集中するような状態になった。

 無防備になるが、リリアたちと彼女を守るように陣形を組む。

 幸いなことにグレイエイプはまだ怯んでいる。

 凶暴化しても多少の理性は残っているのかもしれない。


 やがて、ラーニャが目を開き、両手を真上に掲げた。  

 魔力の消費が多い魔法のようで、こちらにもビリビリと電流めいたものが感じられた。


 魔法が発動して数秒後。

 明らかにグレイエイプの様子が変化した。

 戸惑うように左右を見た後、どこかへ立ち去った。


「そんな魔法があるんですね。初めて見ました」


「魔法が得意なのはエルフだけでなく、ダークエルフもだ。覚えておけ」


 ラーニャはクールに言った後、グレイエイプの亡き骸に歩みを寄せた。

 膝を曲げて手を伸ばし、悲しげな表情を浮かべる。


「すまなかった。私が早く気づけば……」


 意外な一面を見た気がした。

 彼女にも優しいところがあるみたいだ。


 ラーニャの背中を見ながら状況を整理する。

 グレイエイプが去ったものの、操っていた者の姿が確認できていない。 

 他のモンスターを仕向ける可能性もある以上、その痕跡を探った方がいいだろう。

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