二人の精鋭
「兵に話をつけるとなると時間がかかる。座って待とうではないか」
カタリナの執務室には応接用と思われるテーブルと椅子があった。
俺とラーニャはブルームに勧められて、そこに腰を下ろした。
三人で座ったところで、先ほどのメイドがお茶を出してくれた。
さすがはランス城のメイドだと思った。
アンの時もそうだったが、教育が行き届いていて動きにそつがない。
「こちらはカタリナ様がお気に入りの紅茶でございます」
「ありがとうございます。アンさんはお元気ですか?」
「アン先輩はメイド長補佐として、裏方で活躍されています」
「なるほど。彼女にマルクがよろしく言っていたと伝えてもらえますか?」
「はい。承りました」
彼女はお茶を出し終えると室内の掃除を始めた。
仕事に誇りをもっている姿勢に感心する思いになる。
若く見えるので、まだ十代後半ぐらいだろう。
「これは……何の葉からこんな味になるのだ」
ティーカップを口につけたラーニャが驚いた様子で唸った。
もしかして、これが初めての紅茶なのだろうか。
彼女の反応に興味が湧いて、俺も口に含んでみる。
「素敵な香りですね。原産地は分かりませんけど、国内の農園で採れる茶葉をお湯に浸して抽出したものですよ」
「この銘柄は王家ご用達の農園で採れたものでな。一般に流通しない貴重な茶葉なのだ」
ブルームは誇らしげに言った後、俺たちと同じようにティーカップを傾ける。
それぞれがお茶を味わうような時間になり、部屋の中ではメイドが動く音しか聞こえてこない。
静けさに気まずさはなく、不思議と一体感を覚えるような心地だった。
何気なく室内の様子に目を向けると、カタリナの身分の高さが可視化されたような印象を受けた。
この部屋は彼女が働くために用意されたところだと思うが、洗練された内装と高級感のある調度品を認めることで、どれだけ価値があるかを読み取ることができる。
紅茶を味わった後、ブルームと近況について話をした。
ジェイクの店が好調なことや最近王都で流行っている店のこと。
会話の中からバラムよりも移り変わりが早いことを感じつつ、彼の話を興味深く聞いていた。
退屈を感じる間もなく、流れるように時間が経過した。
どれぐらいでカタリナが戻るのかと考えたところで、部屋の扉が開いた。
「――待たせたのう」
タイミングよくカタリナ本人が戻ってきた。
彼女が通過しても扉は開いたままで後ろから人影が見えた。
男女二人が足を運び、いずれも兵装を身にまとっている。
「……リリア」
「お久しぶりです。マルク殿」
温かい微笑みが向けられていた。
久しぶりに顔を合わせたリリアに変わりはなかった。
彼女の隣にはもう一人見覚えのある人物が立っている。
「話は聞かせてもらったよ。難しい状況みたいだけど、難敵ほど腕が鳴るものさ」
「クリストフ兵長、協力してくれるんですね」
大浴場で初めて会った時は肩まで伸びた髪型だったが、今は金色の髪が短くなって男前度が増している。
彼の涼しげな笑みは男女問わず好印象を与えるだろう。
「どうじゃ? 城内の兵士でも指折りの二人をスカウトしてきたぞ。余を褒めてもいいところじゃぞ」
カタリナは自信満々に言った。
十代半ばの彼女が言うと悪ふざけというよりもかわいらしく見える。
俺自身にそういう趣味はないわけだが、妹的な意味で好意を覚える。
「カタリナ様、兵士たちがよく首を縦に振りましたな」
やや驚いた様子でブルームが口を開いた。
驚きが大きかったようで、椅子から立ち上がっている。
「それはまあ、あれじゃの。余の交渉術で」
カタリナは言葉を濁しながら言った。
そんな彼女の様子に微笑みつつ、ブルームがこちらに話しかける。
「マルクよ、カタリナ様はあれからよくも悪くも知恵を身につけられた。処世術の習得自体は好ましいものだが、この方の行く末が恐ろしいことがある」
「こらそこ、余をディスるのは禁止じゃぞ」
「そのような卑しい言葉を使ってはなりません」
「ぐぬぬっ」
カタリナの成長はめざましいものがあるようだが、まだまだブルームに舵を取られているようだった。
「呼んでおいてもらってあれですけど、二人が抜けて城の警備は問題ないありませんか?」
「ふっ、そのことなら何の支障もない。襲撃事件以降、外の勢力になめられないように、兵士一丸となって鍛錬を続けたからね。筋骨隆々になるのは気が進まなかったけど、ほらこの通りさ」
クリストフが袖をまくると立派な力こぶが見えた。
前に大浴場で鉢合わせた時は細マッチョぐらいの印象だったことを思い出す。
言われてみれば、身体の線が太くなったように見受けられた。
「私も兵の稽古に付き合いました。今の兵力ならば、再び暗殺機構が襲いかかったとしても返り討ちにできるでしょう」
クリストフに同調するようにリリアが力強く宣言した。
あれから、この城で色んなことがあったのだと推察する。
時の流れは色々なものをもたらすのだ。
「ラーニャさん、俺が言うのもおかしな話ですけど、かなりの戦力ですよ」
借りてきたネコのように身をすくめる彼女に伝えると、困ったような表情を浮かべた。
照れているように俯きながら口を開く。
「……ありがとう。恩に着る」
素直ではないが、初めてラーニャが感謝の言葉を述べた。
エルフと同じく賢い種族のはずで、この二人を駆り出せることの重みを理解してくれたようだ。
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