エルフとダークエルフ

 遺構近くのキャンプを出て馬車は街道を進んでいた。

 晴天続きのおかげで道は渇いており、馬の足運びは順調だった。

 ラーニャは久しぶりの外の空気を新鮮に感じているのか、周囲の景色を眺めて物思いにふけるような様子だった。


 気の利いたことの一つでも言えたらよいのだが、慣れない馬車を扱う状況では注意を逸らすことは難しい。

 お互いに無言のまま、ガタゴトと馬車に揺られている。


 振り返れば、ここまでの短期間で目まぐるしいことが起きていた。

 遺構で採取できる素材はとても価値があり、ブラスコと連携して利益を得られる可能性が高い。 

 それに素材だけでなく、古代人の遺物と思われる品も貴重だった。

 チーク材、ダマスカス鋼――それらを集めたらかなりの金額になりそうだ。


 ラーニャとほとんど言葉を交わすことのないまま、徐々にバラムへと近づく。

 もう少しで馬を停めるところにたどり着けるだろう。


「向こうに見えている町がバラムです。そろそろ着きます」


「……大きな町だな」


「この国の中では中規模ですね。もっと大きなところもありますよ」


「そうか」


 短い会話だが、移動を開始してからでは一番長く続いた気がする。 

 エルフ相手なら心を開くかもしれないので、アデルやエステルに期待している自分がいる。


 馬車の停車場に到着して、二人で下車する。

 日中のバラムでは係員が常駐していて、彼らに任せれば問題ない。

 係員の青年はダークエルフを初めて見るようで、緊張と好奇が入り混じったような顔をしていた。

 この町で生活していたらエルフを見かけることも少ないので、彼の反応は自然なものだと思った。


 郊外から町中に歩きながら、予定よりも早く戻ってきたように感じた。

 本来ならば遺構探索を続ける予定で最低でも数日は滞在するつもりだった。

 未知の遺構は魅力的だったが、ラーニャのことも放っておくことができず、こうしてアデルたちに会わせるために連れてきてしまった。

 

 我ながらお節介というかお人好しだと思う。

 転生前はそれで災難に遭うこともあった。

 この世界では仲間に恵まれているため、そうした不安が生じても杞憂であることが分かっている。


 ラーニャと並んで歩いているが、会話がほぼないことで内省的になっていた。

 彼女とて万人に心を閉ざしているわけではないと願うばかりだ。

 しばらく顔を合わせていないエステルはともかく、アデルは町のどこかにいる可能性が高い。

 まずは店の方に移動して、情報を集めることにしよう。


 停車場から町の中心に向かっていたが、ふと係員の青年の反応を思い返した。

 ラーニャの存在は人目を引きそうで、きっと彼女はそれを好ましく受け取らない。 

 そうなれば迂回して、自分の店に向かった方がいいだろう。

 幸いなことにバラムは人通りの少ないところがわりとある。


 仏頂面で不機嫌にさえ見えるラーニャと路地を歩き続ける。

 迂回することで距離が延びているが、特に不満を口にすることはない。

 洞窟生活が長かったことも影響するのか、町の様子には興味があるようだ。


「……のどかでいいところでしょう」


「平和なことはいいことだ」


「そうですね」  


「……」


 おそらく、暗殺機構と彼女が追われることになった経緯が重要なはずだが、それを確かめるには早すぎる気がした。 

 ダークエルフの存在は稀有であり、その故郷は近隣諸国ではないと思う。

 考えれば考えるほどミステリアスな存在であると実感する。

 博識なアデルの知恵を借りれば何か分かることがあるかもしれない。

 

 自分の中で堂々巡りを続けるうちに店の近くに到着した。

 キャンプを出たのは昼前ですでに夕方になろうという時間だ。

 普段なら営業後の店じまいが済んだ頃合いになる。


「あれ、マルクさん?」


 店の敷地に近づくとシリルがこちらの存在に気がついた。

 予定よりも早く戻ったので、驚いている様子だ。


「お疲れ様。ちょっと用事があって戻ってきたんだ」


「そうでしたか。ちなみに今日も好調な売れ行きでしたよ」 


「いいね、それはよかった」


「そちらの方はお知り合いですか?」


 シリルは不思議そうな顔でたずねてきた。

 ラーニャがぶっきらぼうな態度のため、なかなか紹介しづらく感じる。


「彼女はラーニャさん。ちょっとアデルかエステルに用事があって、店で様子を聞けないかと思ったんだ」


「ああ、お二人ならそこでお茶してますよ」


「えっ、ちょうど今?」


「はい、あそこに」


 シリルが指先で示した方向に二人の姿があった。

 一目で分かる赤髪のアデル、金色の髪の方がエステルだ。


「ありがとう。作業が済んだら上がっていいから」 


「フレヤさんが食材を買い出しに行っているので、その間に鉄板を磨いてます」


「本当にお疲れ様。今回の探索が上手くいけば、もう少し給金を上げられるから」


「いえいえ、そんな。地元では体験できないことができているので」


 シリルは遠慮がちに笑いつつ、厨房の方へと歩いていった。

 ラーニャを放置して話が続いてしまったが、アデルたちのところに行ってみよう。


「二人ともこんにちは」


「あら……」


 こちらに気づいたアデルだが、ラーニャの存在に気づくと固まってしまった。

 傍らのエステルも何を考えているか読み取りにくい表情をしている。

 ダークエルフに対してどんな反応になるかまでは予想しなかったことに気づいた。

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