師匠との再会

 久しぶりの自分の店はどこかよそよそしい感じがする。

 初めて味わう不思議な気分だった。

 シリルに案内された椅子に腰かけると隣にはフレヤが座った。


「そういえば、シリルにお土産買うの忘れちゃった」


「俺もみんなのお土産を買ってなかった。ヤルマは色々とあったんだけど」


 二人で話しているとシリルがグラスを手にして戻ってきた。

 この店でよく飲んでいたものが入っている。


「マルクさんはこれですよね。アイスティー」


 差し出されたグラスを受け取る。

 覚えていてくれたことにうれしい気持ちだった。


「ありがとう。店を空けてしばらく経つのに在庫はあった?」


「普段、自分とフレヤさんも飲むので。それとアフタヌーンティーの店のパメラさんが来た時も使います」


「そうか、パメラさん来てくれたんだ」


「はい。お店の従業員を連れてくることもあって、ちょくちょく来てくださいます」


 話の流れから留守中にどれぐらい繁盛していたのか気になった。

 任せっきりだった身からすれば売上は二の次で、店を維持してくれただけでも十分だった。

 とはいえ、経営者として無視できない情報でもある。


「ちなみにお客の入りはどうだった? あと、トラブルとかは大丈夫?」


 こちらの質問にフレヤとシリルが顔を見合わせた。

 どちらが話すか譲り合っているように見える。

 わずかな間を空けて、では自分がとシリルが口を開いた。


「好調でしたよ。座席が多くなっても満席になることもあって……トラブルというほどではないですが、仕入れが足りなくて品切れになった日と初めて来たお客さんが口に合わないと不満をこぼしたことはありました」


 シリルは少し悲しそうに言った。

 どちらの出来事も店に愛着を持っているからこそ、責任を感じてしまったのだろう。


「肉屋のセバスは協力的だから、仕入れに関して大丈夫だよね。味に関してはこちらの力不足だと思う。シリルは悪くないよ」


「何か変えた方がいいのかと思いましたが、勝手にタレの配合や味つけを変えるのは常連さんに悪いだけでなく、マルクさんに顔向けできないので」


 シリルになぐさめの言葉を向けると、目尻に涙を浮かべながら説明してくれた。

 彼のような人物に店を任せてよかったと思う。


「フレヤには土産話をしたけど、シリルにはまだだね。片づけが終わったら、町のどこかでお茶でもしようか」


「はい、喜んで! ランス王国から出たことがないので、他国の話はとても気になります」


「興味がありそうでよかった。時間がかかるようなら、俺も手伝うけど」


「いえいえ、やりかけの作業を任せるのはしのびないです。そこで待っていてください」


 シリルはこちらの助力を固辞すると、席を離れて作業の続きに向かった。

 売上から給金を渡すようにフレヤに頼んでいるが、ボーナスを渡して上げた方がいい気がしてきた。


 それから少しして、仕事を終えたシリルと町に繰り出した。

 フレヤはブラスコと合流して、親子でバラムを散策するとのことだった。

 シリルとは夕食を一緒にする流れになり、夜が更けるまで語り明かして、自分の店の従業員と打ち解けることの喜びを再認識することができた。




 翌朝、町中の自宅で目を覚ますと違和感があった。

 しばらく留守にしていたことで、自分の家なのにどこにいるのか理解するのに時間がかかったのだ。


「そうだよな。旅から戻ってきたんだ」


 今日はやることがあるので、ボーっとしたままでいるわけにもいかない。

 身支度を整えてから荷物を確認して、そそくさと自宅から出た。

 目的地は冒険者になった時の師匠のところだ。

 

 ブラスコから聞いた遺構――冒険者風に呼ぶならダンジョン――を探索するに当たって、ブランクのある自分にはやらなければならないことがあった。

 ある意味、魔法の扱い方よりも大事なこと。

 それは冒険者に必要な感覚を取り戻すことだった。


 すでに新たな冒険に向けた心の準備は整っている。

 アデルたちと旅をして回っていたことが幸いだった。

 その一方でレイランドでのデックス捕縛はアカネに頼りきりだったり、ムルカでは単身で盗賊に抵抗するのは難しかったりした。


 新たな遺構のことは先遣隊が調査中ということで詳しく聞いていない

 それを考慮すれば、準備が万全であるに越したことはない。

 

 師匠の家は町を離れた静かな森の中にあった。

 久しぶりの再会に胸を躍らせながら森の小道を進んだ。

 

 しばらく歩くと前方に開けたスペースが見えてきた。

 そこにはログハウス風の民家が建っており、庭で師匠が薪割りをしているところだった。

 懐かしい感覚に胸が高鳴り、自然と足の運びが早くなっている。


「エミリオ師匠、お久しぶりです!」

 

 師匠は俺の方を見るなり、温かい笑顔で迎え入れてくれた。

 斧を置いてゆっくりとこちらに向き直る。

 最後に会った時よりも少し老けたが、精悍な面立ちはそのままだった。


「マルク、君と会うのは久しぶりだな」


「師匠こそお元気そうで何よりです」


「わざわざ来たということは用事があるのだろう」


「実は新しいダンジョンが見つかりまして――」


 俺はブラスコが教えてくれた遺構についての説明をした。

 そして、冒険者としての勘を取り戻すために修行させてほしいことも。



 あとがき

 いつもお読み頂き、ありがとうございます。

 新作の連載を始めたので、よかったら読んでみてください!


「魔王討伐のために異世界召喚されたんだが、予知の魔眼には敗北エンドしか見えない件〜力不足だと城から追い出されたので、庶民としての生活を満喫します〜」

 https://kakuyomu.jp/works/16818023213039224236

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