ホロホロ鳥の丸焼き

 夜に入った街を歩くうちに最初の騒ぎがあった付近にたどり着いた。

 近くの路地から住宅街に向かえば、立てこもりが起きた家がある。


 今いる通りには数軒の飲食店があり、好奇心を抱いたミズキがそのうちのどれかにいてもおかしくない。

 俺と同じように彼女も自分の店を経営しているので、目新しい料理に飛びつきそうな気がしている。


 そんなことを考えていると耳になじんだ声が聞こえてきた。

 ミズキの声ははっきりしていてよく通る。

 一国の姫ということもあり、いつも物怖じせずに話すことも大きいのだろう。


「むっ、これは姫様の声」


 アカネは俺よりも早く気づいたようで、すでに声のする方向に足を向けていた。

 彼女に続いて俺やアデル、ギュンターも同じ方向へと歩く。


 ミズキがいたのは店先に大きな照明が置かれた明るい雰囲気の店だった。

 ログハウス風の店先にはテラスがあり、そこにテーブルと椅子が置かれている。

 彼女はそのうちの一つで数人の人たちと楽しんでいるところだった。


「おっかえりー! 退屈だったから先にやってるよ」


「姫様、只今戻りました」


 ほろ酔い加減のミズキと普段通りのアカネのノリがミスマッチで、傍目から見ると面白い感じに見えてしまう。


「ああっ、本物のアデル様よ! あなたの話は本当だったのね!」


 ミズキと同じグループに仕事帰りの料理人という格好の若い女がいた。

 彼女はアデルを見て色めき立っている。


「ギュンターさん、カオスな状況ですね」


「まああれよ、平和だからこそと思えばな」


 俺とギュンターは意気投合した様子で、目の前で繰り広げられている光景を見ていた。

 しばらく二人で静観していると場が落ちついて、空いた席に招かれた。


「さあ、どうぞどうぞ」


 アデルに心酔している様子だった女がグラスを持ってきてワインを注(つ)いでくれた。

 みずみずしい香りの赤ワインで、とても美味しそうな雰囲気がある。


「みんなに飲みものは行き渡ったかな?」


 気づけばミズキが中心的なポジションになり、乾杯の音頭を始めようとしている。


「揃いました」


「こっちはいいわよ」


 方々からミズキへと反応が返り、それを確認した彼女はグラスを掲げた。


「はーい、乾杯ー!」


 席の近くには見知らぬ街の人が多いわけだが、ノリのいい人ばかりで順番にグラスを合わせていく。

 すでに酒が入っている影響もあるようで、ウェルカムな姿勢はありがたい。


 周りの様子を見ながら注がれた赤ワインを口に含む。

 ブドウの甘みと同時にさわやか香りが鼻の奥を抜けていく。

 どうやら、熟成度合いは控えめの銘柄のようだ。


「このワイン、とても飲みやすいです」


「レイランドは何でも揃う街だからね。郊外の山間部ではブドウ畑があるし、評判のいいワイナリーもいくつかある。そのワインにはこれが合うから、よかったら食べなよ」


「はい、ありがとうございます」


 隣の席の男が親切に話してくれた。

 彼が差し出した皿には数種類のチーズが盛りつけてある。

 ワイン片手につまんでみると最高の組み合わせだと実感。

 

「はーい、お待ちどおさま! 当店自慢の料理ができましたよ」


 給仕の男が大皿に乗った料理を運んできた。

 何かの鳥の丸焼きのようで、美味しそうな湯気が立っている。


「すみません、あの鳥は?」


「そっか、よその人は分からないよなあ。ホロホロ鳥って言って、フェルトライン王国の草原にいる鳥だね。煮ても焼いても美味しいのに、警戒心が強くて捕まえるのが難しいから、なかなか食べられないんだ。おーい、おれも食べるからー」


 隣の席の男はこちらの質問に答えてから、自分の分を取りに行ってしまった。

 それだけ美味しいのなら、頃合いを見計らって食べておこうか。


 ホロホロ鳥の丸焼きに惹かれつつ、集団から少し離れたところで飲んでいるアカネのところに移動する。


「どうしたんです、輪に加われば?」  


 俺の質問に対して、アカネはわずかに反応を見せた。

 彼女の手元を見るとワインではなく、違う何かを飲んでいるようだ。


「……サクラギにはない、この街の空気を感じていたいのだ」


「分かりました。ずいぶん都会ですからね」


 ミズキの護衛として同行することはあったかもしれないが、アカネ自身がサクラギ以外の街を満喫できる機会は少なかったのだろう。

 姫であるミズキと大して変わらない年齢――十代後半から二十歳ぐらい――であれば都会の華やかさであるとか、見たことのないものに惹かれたとしても自然だろう。


 俺はアカネの時間を邪魔しないように離れた。

 自分が座っていたところに戻り、椅子に腰かける。


 ちょうどホロホロ鳥の丸焼きが切り分けられた後で、大皿には食べられる部分が残っている。

 チキンレッグならぬホロホロレッグが美味しそうなので、それを掴んで目の前の取り皿に乗せた。


「食べたことのないあんたに脚の部分は残しておいたよ。一番美味しい部分だから」


「ありがとうございます。では早速――」


 突き出た骨の部分を掴み、茶色い焼き目のついた皮にをかぶりつく。

 口に含んだ瞬間、濃厚な肉汁が口の中に広がる。

 臭みは皆無でしっかりした味つけのソースが絶妙に美味い。


「いやー、これはすごい。冒険者の頃に食べた野鳥も美味しかったですけど、それを上回る味です」


 あまりの美味さに言葉に自然と力が入る。

 そんな俺の感想を聞いて、料理を紹介してくれた男が笑みを浮かべた。


「だろ? とりあえず、ワインのおかわりを入れようか」


「これはどうも」


 俺はグラスにワインを入れてもらいながら、ホロホロ鳥の味を噛みしめていた。

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