レイランドの街を散策

 仲間と旅をしている以上、バラムへ戻るなら情報を共有しなければならない。

 俺はアカネがハンバーグステーキを食べ終えたところで切り出した。


「急で悪いんですけど、店をしばらく離れていたので、バラムに戻ろうと思いました。みんなの意見を聞かせてください」


「この旅を始めてから時間が経ったわね。戻るのもいいんじゃないかしら」 


 アデルは手にしたフォークをケーキ皿に置いて、穏やかな表情で言った。


「サクラギに戻るのもいいかなって思ったところだし、あたしは賛成だよ」


「拙者は姫様に従うまで」


「よかったな。意見がまとまったようで」


 それぞれの考えが聞けたところで、ギュンターが締めるように言った。


「それじゃあ、今日はレイランドの街を堪能して、明日の朝に出発しましょうか」


 こちらの申し出に仲間たちは頷いてくれた。


「街の案内なら任せてくれ。レイランドにはたくさん見所があるからな」


「ありがとうございます。とても助かるんですけど、ギュンターさんは店に行かなくてもいいんですか?」


「ああ、それなんだが……」


 ギュンターは頭をかいて言い出しづらそうにしながら、店の状況について話し始めた。

 デックスの手下に嫌がらせをされた結果、店でボヤ騒ぎが起きてしまい、今は修繕の最中だという。


「デックスは捕まったし、大したことじゃない。気を遣わないでくれ」


「働いている店がそんなことになるのは大変ですね」


「ありがとう。本当に大丈夫だ」


 ギュンターは気丈な態度を見せて、俺たちが心配しないように気遣っているのだと思った。

 料理人らしからぬいかつい風貌ではあるものの、性根は優しいところがある男なのだ。


「むむっ、これは――」


 視界の端で自家製プリンを食べ始めたアカネが唸り声を上げた。

 何ごとかと皆の視線が彼女に集まる。


「どうした、味に問題があったか?」


「これは失礼した。あまりの美味しさに声が出てしまった。それにしてもこのプルプル感。寒天でも使っているのだろうか……」


 アカネはプリンの入った器に熱い眼差しを向けていた。


「そちらの材料は牛乳と卵と砂糖です。レシピは秘密です」


「なるほど、その素材でここまでのプルプル感が出せるとは」


「お気に召したようでよかったです」


 給仕の女はにっこりと笑みを見せた後、空いた皿を手に取って離れた。


 その後、アカネがプリンを食べ終えてから店を後にした。

 もちろん支払いはなしだった。


 店から外に出ると日が高くなっていた。

 石畳に降り注ぐ日差しは温かい。


「小腹も満たせただろうし、これからレイランドの名所に連れていく」


「お願いします」


 ギュンターはウイスキーを飲んだこともあり、意気揚々と歩き出した。

 俺と仲間たちはレイランドの街が初めてのため、アデルたちの顔には期待の色が浮かんでいる。


「ランス王国の王都よりも栄えているところがあるなんて、けっこう驚きました」


「世界は広いものね。私もこんなに発展した街は初めてだわ」


 アデルは興味深げに周りの様子に目を向けている。

 俺も同じように街の景色に新鮮な感覚を覚えた。


 カフェのあった場所は閑静な通りだったが、そこから離れるうちに人通りが多くなってきた。

 ロミーに聞いたところによるとレイランドの住人だけでなく、周辺の町や村から買い出しにくる人、働きにくる人が多いため、混雑しやすいそうだ。


 徐々に人の多さにも慣れ始めて、ギュンターを見失わずに歩けている。

 道沿いに色んな店があって興味が湧くものの、迷子になりそうなので見るだけにしていた。

 様々な食材、調理器具を売る店、街角のレストランが魅力的に映る。


 カフェに続いて到着したのは何の店か分からない佇まいだった。

 人気があるようで入り口の外に数人の列ができている。


「ここはなかなか貴重だぞ」


「もったいぶらずに教えてよ」


 すぐに紹介しないギュンターにミズキが鋭いツッコミを入れた。

 それを受けて彼は少し悲しそうな顔を見せたが、気を取り直した様子で口を開く。

 

「なんと、写真が撮影できるんだ!」


 俺は耳を疑ったが、アデルたちはポカンとした顔になった。


「ギュンター殿、シャシンとは何のことか?」


「おっと説明不足だった。レイランド級の技術力がなければ作れない機械である以上、よその国にはないんだからな」


 ギュンターは誇らしげに言った後、見本を持ってくると言い残して店の中に入っていった。

 彼はそそくさと戻ってくると白黒の写真を持っていた。

 

「論より証拠をだ。これを見てみろ」


 転生前の記憶でカラー写真を知る身からすれば、古びた写真のようにしか見えないわけだが、他の三人は目を白黒させて見入っている。


「これは絵……じゃないよね」


「書き写しにしては鮮明すぎる」


「うーん、全く仕組みが分からないわ」


 彼らの反応を見つつ、俺も首をかしげるような動きをした。

 生まれも育ちもバラムなのに、写真のことを知っていたら不自然である。


「写真機ができたのはごく最近で、最先端の技術なんだ」


「ふーん、ところで列に並ばなくていいの?」


「この店のやつは顔見知りで、これを借りたついでに順番を予約しておいた」


 ギュンターの言葉にミズキは納得した表情を見せた。

 どうやら俺たちも写真撮影をする流れのようだ。

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